第五十四話
私にとっての双子の兄、マリウスという人物は……いつだって、虚ろな目をした人だった。
だけど、見かける度に彼だけは私に視線を向けるのだ。
その目は誰に対しても平坦な感情しか向けられていないというのに、私に対してだけはどこか……気遣わしげというか、安堵したような色を見せたのだ。
(でも考えてみれば、碌に言葉を交わしたこともないのね……)
おかしな話だ。
双子として母親の胎で共に育まれてきたはずなのに。
外界に出てからは、切り離されていただなんて!
私は孤独だったが、彼もまた孤独だったのだと思う。
どうしてそう思ったのかは、覚えていない。
ただ、大勢に囲まれていて羨ましいと思っていた気持ちはいつのまにか霧散していて、私たちはあの広い王城で互いに言葉を交わすことも、会いに行くこともない中で時折すれ違う、そんな時にだけお互いの存在を見つけては安心感を得ていたのだと思うと、本当に私たち家族は歪だ。
(ヘレナへ、か)
この手紙の内容を、パトレイア王夫妻は知っているのだろうか。
両親が今になって自分たちが育児をしていなかったという事実に打ちのめされ、そしてそれを挽回したがっているということ。
自分は良い母親だったはずだと一日に一回は王妃がヒステリックに騒いでいて、王がそれにうんざりしていること。
謝罪の申し出があったが、それは気にしなくていいこと。
金銭に関しても、金銭だけではなく物品でもいいから遠慮はしないで申し出てほしいこと。
結婚のお祝いも、式への参加もできなかったけれど幸せを願っていることが記されていて……一番最後のお祝いの言葉が、嬉しかった。
(マリウス)
本当は、彼のこともあの孤独から脱してほしいと思っている。
けれどそれは、私の役目ではないのだろう。
「……どうした?」
「いいえ、いいえ、アレン様。なんでもないの、なんでも……」
ぽろりと自分でもよくわからない涙が零れて、アレン様に心配をかけてしまった。
慌てて拭うものの、涙は次から次に零れていく。
(私がアレンデール様に出会えたことで救われたように)
私たちは家族以外の手を借りなければ脱することができない闇の中にいるのだと思う。
だけれど、私たちはかけがえのない兄妹であることも事実なのだ。
「いつか、いつかでいいから」
「ああ」
「マリウスに会いたい。これまで、話せなかった分を取り戻したい」
「……そっか」
あの城にあって、私もマリウスも何ができただろうか。
物品と両親、重鎮たちの『男児』という目を向けられていたマリウスに、彼自身を見てくれる人はどれだけいたのだろうか。
私が、私という人間を見てくれる人に出会えるまで感じていた孤独を、彼はたくさんの人の中にいて感じていたのだとしたら……どちらが幸せなのだろう。
「マリウスに返事を書いてもいいですか」
「ああ。きっと喜ぶよ」
「……パトレイア王夫妻にも、謝罪の場は必要ないことを私から知らせた方がよろしいでしょうか」
「いや、そちらはイザヤに書かせる。サインだけしてくれるか?」
「承知いたしました」
正しい形なんてものを私は知らない。
知らないけれど、それでも良い方向に向かえるのであれば、それが一番良いのではないかと思って――私は、大切な兄に手紙を書いたのだった。




