第五十三話
モゴネル先生と、シュタニフ先生に勉強を教えてもらう傍ら。
私は二人の知人だという貴族女性のエアリス様を紹介してもらった。
今は領地を持たない、一代だけの男爵位を賜った商人の妻だという話なのだけれど、彼女は元々貴族家の出身で、礼儀作法の教師を務めていたこともあったらしい。
彼女に、ディノス国での礼儀作法の教師を務めてもらうことにもなり、私の日常はなかなかに忙しいものになったのである。
だが、充実していて楽しいと思える毎日だ。
そんな中、いくつかの封書が届いた。
ユルヨの捜索と、それに伴っていろいろと判明したらしいパトレイア王国からの報告書なのだという。
「どうする? 読むか? 報告書の他にヘレナあての謝罪文が届いているんだ」
「……謝罪文、ですか」
「国王夫妻からだ。マリウス王子からのものもある」
「兄から?」
両親であるパトレイア王夫妻については、手紙を認める理由がそこにあるのだから理解できる。
たとえ他国の辺境伯とはいえ、その妻に送った彼らの娘を虐待紛いのことをしていたということが明らかになったのだ。
その調査と顛末については報告する義務……とまではいかないが、知らせるとディノス王の前で約束したのだから違えることは不可能だ。
それよりも私は、兄からの手紙があるという方に興味を引かれた。
あの姉兄の中で、唯一私に向けて〝肉親の情〟を見せていた人だ。
それでも、どことなく他人のように感じてしまうのは私がどこかおかしいのか、それとも関係を築けなかったせいなのか。
「どうする?」
アレン様に問われて、私は少し躊躇いつつもその手紙を受け取った。
正直、王夫妻からは何が書かれていても心が動くことはないだろうと思っている。
だが同時に、これまでのことを知ったからと言って今更、私に対して何を書いてきたのだろうという興味もあったのだ。
「拝見いたします」
まずは報告書。
ユルヨに関しては余罪が出てきていること。
関与している貴族家は高位・低位関係ないこと。
中にはご令嬢だけではなく、夫人が関与していたこともわかった。
(これは……なかなかに骨が折れそうね)
お互いに秘密を明かしたくない貴族たちだったが、パトレイア王の名で『多くの貴族家がユルヨ・ヴァッソンによって名誉を傷つけられている』と白日の下に晒し、自分たちだけではないと安堵させた上で『名は明かさないから被害を秘密裏に届け出るように』としたところ、あまりにも多くの貴族家から被害届けが出たのだそうだ。
これにより、お互い『あそこの家もか!』という状態に陥っているのだとか。
まったくもって笑えない。
そんな中で、当時の高位貴族たちに人気だった教師……つまり、私の初めの頃の教育者たちが、ユルヨと当時親交が深かったという事実が出てきたのだ。
彼らはユルヨと酒を酌み交わし会話し、その思想に染まっていたのではないかと考えられている。
ちなみに現在はどうしているのかというと、不慮の事故などに遭っていたり、地位と名声をほしいままにしていたというのに放浪の旅に出てしまった……などの不審な点がいくつも出てきていることから、こちらにも何か関連性がないか現在も調査中とのことだ。
結局、いろいろと余罪が出てきて付随してユルヨに触発された人間がサディズムに目覚めてしまったのでは、というだけの話で足取りはまだ何も掴めていないのだとか。
「……報告になっていないわ」
「わからないことがわかった、という報告だな」
報告書に目を通して思わず呟いた言葉に、アレン様が苦笑しながら同意してくれた。
まあそこは期待していなかったという雰囲気なのだからしょうがない。
バッドゥーラでも探し始めて今まで見つかっていないのだから、急に知らされて調べているようなパトレイアでそう簡単に見つかるとは期待していないのだろう。
それから謝罪に関しては、何も知らなかったことについて謝罪された。
私が王家に対する鬱憤晴らしの対象として良いように使われたのは、親として普段から関与していなかった自分たちに非があると理解したこと。
横領やそのほか、名誉毀損も含めあまりにも調べれば調べるほど出てくる内容に一度謝罪のための場を設けてもらいたいこと。
かつて毒を盛った教師に対しては罪に問いたいが、シンナ・バァルは行方が知れていないためこちらも見つけ次第捕縛する予定であること。
必要かどうかはそちらで判断してもらいたいが、これまで本来王女の教育費として支払われるべきであった金銭を計算して私に渡したいことが記されてあった。
(……思ったよりは、良心的だわ)
これもディノス王の前で露見したからなのだろうか。
私に親として関わろうとしなかった理由について一切触れていなかったけれど、まあそこに言及してしまうと子に興味が持てなかったという事実にあたってしまうから明言を避けたのかもしれない。
「なんだって?」
「……これまで本来私にかかったであろう費用がほぼ横領されていましたので、それについて支払いをしたいと。それと謝罪のための場を設けたいとあります」
「どうしたい?」
「お金はいただいてもいいと思います。これからモレル辺境伯領で学校を建てるにも、教会の建て直しなどの寄進をするにも、お金は必要ですから。謝罪の場は設けなくても良いと思います」
「そうか」
あちらとしては謝罪して楽になりたい気持ちがあるのだと思う。
いっそのこと、私が怒ってくれたら満足もするのだろう。
けれど、私には何の感情もわかないのだ。
そればかりはどうしようもないし、それなら謝罪のための場なんて設けない方がお互いのためだと思う。
それに、パトレイア王との謝罪となれば場は限られる。
今は情勢もあまり良いとは言い切れないし、たとえお忍びという形にしたところでリスクの方が高い。
そうなった時に迷惑を被るのはアレンデール様だから。
それはいやだ。
そして私は小さく息を吐き出して、兄の手紙に目を落とした。
(ああ、あの人はこんな字を書くのね)
細く柔らかな、綺麗な字だ。
私は思わずそっと指でなぞったのだった。




