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第五話

 領地を見て回るのは、とても刺激的だった。

 ただ当たり前のことだけれど、旦那様が私と同じ馬車に乗らねばならないことが申し訳なく思ったけれど……それもお飾りとはいえ辺境伯の妻となった以上、外からの目があるのだから仕方のない話なのだ。


(私が、子を望んだばかりに)


 白い結婚だけでなく、閨を共にしている関係。

 地位だけは高い女が、仕事とはいえ愛する人と共に過ごしていると知っているであろう彼の恋人は……今、どんな気持ちで帰りを待っているのだろう。


 せめて体の関係だけでもなければ、溜飲も下がったのではないかと思うと私は自身の我が儘が人を傷つけるのだという事実に、ため息も出る。


「どうした? 疲れたのか?」


「あ、いえ……申し訳ございません。弛んだところをお見せいたしました」


「いや。貴女は王城から滅多に出ることもなかったと聞いている。遠方に嫁いだだけでも心労が酷いだろうに、何もない土地を見て回るのはやはり退屈だろう」


「いいえ、そんなことはございません」


 国家間の諍いがあったばかりの国境付近ではなく、穏やかな土地を選び視察をしてくれていることくらいはいかに未熟な私でも理解できた。


 そして、私がどこ出身の女であるかを知っていてもなお、行く先々の領民は普通に接してくれてなんと心温まることか。


 地面に触れることも、作物を手にすることも、民と手を重ね言葉を交わすことも、今までの私には一切許されなかったことだ。

 彼らは私を『奥方様』と呼び恐れ多いと言いながら、声をかければ嬉しそうに笑ってくれた。


 笑みを見せてくれたのだ。

 こんな、私に。


「ただ、気になることがございました。この辺りは緑豊かと聞いておりましたが、少し土地が痩せ始めているように思います」


「え?」


「土地のご老人も仰っていましたけれど」


「……確かにそういう報告は来ているが、収穫に変化はないし特に異変はないんだ」


「さようですか、では……いえ、差し出がましいことを申しました」


 ふと、かつての教師の一人が教えてくれたことを思い出したが座学しか能のない私の言葉になんの意味があろうか。

 そう思って謝罪の言葉を口にする。


 そうだ、私は黙っていろとよく叱られたものだ。

 サマンサお姉様にも言われただろう、何を言ったってオマケ(・・・)の私に、何ができるわけでもないと。


 まったくもってその通りだ。

 私が座学を修めようと、ダンスを極めようと、両陛下には何も響かなかったではないか。

 誕生日には私が過ごす部屋に贈り物が申し訳程度に積み上げられ、公式行事の間だけ家族と共に並び、そして誰もが兄を称える姿を後ろから見る。


 それが私の立ち位置だ。

 ここでだってそれは変わらない。


(本来この場所にいるべきは、旦那様の恋人なのよ。勘違いをしてはいけないわ)


「……何か、気になることがあるなら教えてくれないか。俺たちでは気づかないこともあるかもしれないだろう? 判断するのは俺だ」


「……申し訳ございません。以前学んだ教師によると、こちらの国の山脈にある鉱石が水脈に触れると土地を害するという話を聞いたことがございましたので……それを、なんとなく思い出しただけで……」


 そうだ、最初の頃に地学を教えに来た教師だった。

 自国のことを教えず他国のこと、それも毒についてばかり教えて私に舐めさせたりもしたっけ。


 おかしな話だと思って、まだその頃は少しだけ会話をする余裕もあった双子の兄に聞いてみたらやはりおかしいということで教師の変更をお願いした。


 とても優秀な学者だとは聞いていたけれど、私のことを愚鈍だと言っていたし、毒を舐めさせて効能を覚えさせようとしていたのだろうか。

 それとも、オマケ(・・・)の邪魔な呪われた双子だから排除しようとしたのだろうか。

 

(まあ、今更どっちでもいいわ)


 旦那様は自分が判断するから言っていいと許可をしてくださったけれど、私が言い出したことは突拍子もない話だ。

 本当になんとなく思い出しただけなので、役に立たない情報に違いない。

 だって私でも知っているような話なのだから。


「……鉱毒……そうか、そういえば半年ほど前に隣の領で山崩れがあったな」


「旦那様?」


「お手柄かもしれないぞ、ヘレナ」


 ぱっと私の手を取った旦那様が笑う。

 私に、向けて笑顔を見せた。


 その意味がわからなくて、私はただ呆然とその笑顔を見つめるしかできなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] "--現在は侍女でございます"を読ませていただいていますが、この新作もほんわり、じんわり、ほのぼの、ハラハラ?とした作品になると期待してしまいます。 勝手な期待で申し訳ありません。
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