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世にも奇妙な『悪辣姫』の物語  作者: 玉響なつめ


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幕間 異国の友はこっそり笑う

「しかし、不思議な縁ができたものですねえアールシュ様」


「そうだなあ」


 客間で寛ぐアールシュとドゥルーブは大きく伸びをする。

 ベッドに寝転ぶ主人に行儀が悪いと苦言を呈しながら、ドゥルーブは顎を撫でて少し考え込む素振りを見せた。


「どうした?」


「いえ、モレル辺境伯夫人はとても不思議な方だと思いまして」


「……まあ、そうだな」


 アールシュから見たヘレナという女性は、とてもアンバランスなのだ。

 その境遇は哀れとしか言いようもなく、おそらくは彼女の夫であるアレンデールから聞かされたこと以上に冷遇されていたこともあったのではなかろうかと考えている。


 そういった境遇に陥った者は、確かにヘレナのように感情を殺し、息を潜め、嵐が過ぎ去ることを願い待つことが多い。

 だがヘレナは賢い。

 それは言語学に対する態度や、他にも学ぼうとする姿勢からも感じ取れる知性だった。


 その高い知性と、卑屈ともいえる自信のなさ。

 境遇の問題ではあったのだろうが、それでいて尚、彼女は人を疑い、憎む素振りがないのだ。


(全てを諦めていたとしても、そこには何かしらの負の感情があってもいいだろうに)


 特に、幸せを知った今ならば、元家族……パトレイア王国に対して思うところがあってもいいはずだ。

 それなのに自分たちから聞いたユルヨの話を耳にして、母国で自分たちを守るために彼女を虐げていた女性たちを救おうと立ち上がったのだ。

 正義感なのか、ユルヨへの怒りなのか、あるいは両方なのか。


 その真っ直ぐさは、おそらくアレンデールが愛情を注いで育った自信から来るものなのだろうとアールシュは考える。

 だが、それでも彼女は一言で言えば、欠落しているとしか言いようがない。


「ヘレナ殿には、憎しみの情が感じられないんだよなあ」


「憎しみ、ですか」


「妬みでもいい。そういった類いのものだ。他の誰かを羨み、蹴落としてやりたい……報復してやりたいという感情がまるでない。勿論、良いものでもないが……ないのも、おかしな話だ」


 どうにもアールシュは不思議でならないのだ。

 彼自身兄弟は多いし、それこそ子供同士ならば喧嘩だってした。

 初めての狩りの獲物にどっちの矢が先にあたったとか、獲物の大きさで負けて悔しい、羨ましいと思うような気持ちが発端の幼いものだったが。


 だが、それは一つの競争心を生む原動力にもなる。

 羨ましいからその頂に届くようにと自身を鼓舞する力にもなるし、己の限界を知って諦める理由にもなるだろう。


 しかしヘレナは本を読んで学んだと言っていた。

 勿論、あのモゴネルという教師の影響もあったのだろう。

 そして教師を失った後は独学ということになる。

 しかもその期間は図書室に行くことすら厄介者扱いされたというのだから、そこまで長い時間でも無かったに違いない。


 がむしゃらに学び、その知識をもって自身をバカにした連中や家族を見返してやろうという気持ちはそこにない。

 ただただ、穏やかなのだ。

 起伏の少ない感情ゆえなのかとも思ったが、与えられる愛情に胸を打たれる姿などを見る限りそうでもない。


(どこまでもアンバランスだ)


 素直で、可愛らしいという表現が似合うのだろうなと思う。

 まるで幼子のような愛らしさの内面と、儚くも美しい外見が彼女のアンバランスさをより際立たせる。


 アレンデールが必死に彼女のことを庇い守ろうとするのはそのせいでもあるのだろうが、初々しい二人の姿は友人として個人的に応援したいとアールシュは思っている。


「危ういな」


「……忠告して差し上げないので?」


「アレンデールにはそのうち伝えようと思う、が、アレンデールもアレンデールで危ういところがあるからな。当面は俺がここに滞在しているのだ、バッドゥーラの言葉と共に老獪(ろうかい)な厄介者たちへの対処の仕方も教えてやるとしよう。バッドゥーラ方式にはなるがな」


 ククッと喉を鳴らして笑うアールシュに、ドゥルーブはただ肩を竦めただけだった。


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