第五十二話
その後、戻ってこられたアレンデール様も加わってシュタニフ先生もしばらく我が家に逗留することが決まった。
その日の夜はアールシュ様たちも加わってとても賑やかな晩餐になり、こんなに食事をするのが楽しいと思ったことはないと思うくらい楽しくて……。
「幸せだわ」
「……そうだなあ、ヘレナがウチに嫁いで来てくれたからだな」
「え?」
夫婦の寝室で、ただ寄り添って眠る際にぽつりと零した私の言葉にアレン様がそう応えた。
そんな私がおかしかったのか、くすくす笑うアレン様は「そうだなあ」と呟く。
「まず、アンナが少しお淑やかになってくれた」
「え?」
「それから俺もヘレナの良い夫になるべく書類仕事から逃げなくなった。だからイザヤも助かった」
「え? え?」
「アールシュと親しくもなれたし、領民たちも良い奥さんをもらったって褒めちぎってるし。子供たちにも人気だし」
「……え?」
「ああ勿論、この館で働いている連中にもヘレナは人気だよ。食事量がなかなか増えなくて料理長が心配しているけど、まあそれもおいおいな」
「そ、それはごめんなさい……?」
その意味がわからなくて目を瞬かせる私に、アレン様は指折り数えるようにしてあれやこれやと言葉を連ねるその内容に私はただ驚くばかりだ。
「それにモゴネル女史にシュタニフ翁が来てくれたのも、ヘレナがいなかったら結ばれることのない縁だったよな」
そうだ、学校を作りたいという話や薬草を増やしていきたい話をしたらシュタニフ先生も是非参加したいと仰ってくれたのだ。
おかげで植物学の専門家も加わって、アールシュ様も大喜びだった。
モゴネル先生がバッドゥーラの言葉を喋れることも嬉しかったようだけれど。
「な? ヘレナが来てくれたから増えた喜びだ」
(私が来た、から?)
「まあ、一番幸せなのは俺だけどな! ヘレナが俺の妻なのが、一番の自慢だ」
「アレン様」
「可愛くて控えめで、優しい。大切にしたいと常々思っている。守るべきものは俺にとって領民と領地、それだけだったけど……じいちゃんが『本当に個人で守りたいもの』ができたら強くなれるって意味も、ようやくわかった気がする」
「……」
この土地に生きている人たちがみんな、とても優しい人たちだとそればかり思っていた。
私のような悪評を持つよそ者を受け入れ、その中身を見て考えてくれる人たちがどれほど眩しく、ありがたい存在かと思ったけれど……勿論、全ての人がそうでないこともわかっている。
それでも、母国にいた時よりもずっと、私は敵意のない暮らしをしている。
私が、良い暮らしをさせてもらっているというのにアレン様はそれでも『私のおかげ』と言うのだ。
こんな時、どうしていいのかわからない。
普通に生きてきた人たちなら、どうするのだろう。
どうしたら正しいのだろう。
そう思わずにはいられなかった。
きっと私は、人としての経験が足りなすぎるのだ。
「ヘレナ、大丈夫だ。俺たちはこれからいろいろ学んでいくんだ。領主夫妻としても、人としても。ほら、シュタニフ翁を見ろ。たかが二十年生きているかどうかの俺たちなんてただの子供だろう?」
「まあ、アレン様ったら……」
「近所の子供たちに対して模範的な大人として振る舞うことができたって、自分の子ができて初めて親になるんだし。俺たちはこれから学ばなくちゃいけないことの方が多いんだ」
「……はい」
「ヘレナのおかげで、俺は今ここでちゃんとお前を抱きしめられている。良い夫になるって努力を続けるから、見捨てないでほしい」
「そんな! 私の方こそ……」
アレン様を見捨てるだなんて!
私の方こそいつ捨てられてもおかしくない存在だというのに。
そう言おうとする私の口は、アレン様のキスで封じられる。
(ああ、もう、この人は)
いつだって優しい。
私を甘やかす口づけに、思わず涙が零れたけれど。
離れないでほしくて、私はぎゅうと最愛の夫に、抱きつくのだった。




