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世にも奇妙な『悪辣姫』の物語  作者: 玉響なつめ


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幕間 そしてまた一つ、芽吹くのだ

「おお、ケーニャ・モゴネルとは懐かしい名前だなあ!」


 そこはとある寂れた掘っ立て小屋のような建物。

 手紙を届けに来た村の青年が、あきれ顔で手渡したそれに受け取った老人は破顔した。


 老人は別に人々から嫌われているだとか、厭世的な生活をしているとか、そういうことではないのだ。

 彼はこうした自然の中にいて研究を重ねる『変わり者』であり、辺鄙(へんぴ)な土地では頼りになる薬師でもあった。

 実際には、その老人は植物学者なのだが。


「ほほお、なになに……?」


 手紙を届けてくれた青年に礼の代わりに小さな薬草束を一つくれてやってから、老人は手近にあった切り株に腰掛けて手紙を広げる。


 差出人であるケーニャ・モゴネルという言語学者はかつての同僚だ。

 といっても、あまりにも短い付き合いであったのだが……それでも老人は年若い学者を、同輩として認める柔軟さを持っていた。

 また彼女も年配の者を尊敬する素直さを持ち合わせていたこともあって、可愛がっていたのだ。


「ほほう! 姫様が!!」


 そこにはかつてほんの僅かな時間、教師として接することがあったとある王国の末姫が嫁ぎ先から連絡をくれたと記されているではないか。

 老人は懐かしさから、目を細めた。


(……初めて会った時は驚かされたもんじゃったが)


 平民出の学者を招いて王族の教育者にあてると聞いた時には、権威だの身分こそが貴いだの、能力よりも厄介なことばかり気にする連中の頭がようやく柔らかくなったかと思った老人であったが、実際には事情が異なった。

 それはすぐに理解することとなる。


 妙にちぐはぐな格好をさせられて、顔色も悪く精彩を欠く子供。

 具合が悪いのかと思うが、特に何かの反応もなく老人がよく知る『一般的な子供』とあまりにもかけ離れていたその王女に、唖然としたものだ。


 どうやら弱いながら毒素を摂取した形跡があるということで、老人は『この花の蜜は甘い』などという植物学で得た知識を用いながら、その王女に解毒作用のある蜜を含ませた。

 恐ろしいことにその王女は『教師たちの言われるがままに動く』人形のようであったのだ。


 だから、楽しいことを教えてやりたかった。

 花が咲くその過程を美しいと知ってほしかったし、種から芽吹くその新芽の力強さを見てほしかった。

 そこに集まる動植物が、土地が、どのように変化していくのか……自然の力強さを教えてやりたくなった。


 少しでも、あの精彩を欠いた美しい宝石のような眼が、温かみを取り戻してくれたらと老人も思ったのだ。


 そしてそれはケーニャ・モゴネルも同じだったのか、彼女はより親身にその王女の世話を焼いていたように思う。


(……わしも、会いたいのう)


 手紙によると王女から『会いたい』という連絡をもらったので、一度会いに行ってくる。

 あの頃急にいなくなってしまったことを詫びたいし、渡したいものもあると書いてあった。


 肝心の、王女がどこに嫁いだのか……世間の情報に疎い老人にはそれを記してもらわないとわからない。


「仕方ないのう、ケーニャの家を訪ねようかの。珍しい花も手に入れたし、姫様にお目にかかることができるならば種も持っていくかのう」


 唐突に教師をクビになっても、老人は特に自分の生活に関しては気にしなかった。

 王女のことは気になったが、何度面会申請を出そうともけんもほろろに突き返される始末。


 だが噂に漏れ聞く『悪辣姫』の名が世間に広がれば広がるほど、とりあえず(・・・・・)王女が無事に生きていることだけはわかって胸をなで下ろしたものだ。


 とはいえ、どのように暮らしていたのかを考えるとどうしようもない申し訳なさは感じるのだが、老人にはどうしようもなかったことも事実である。

 おそらくケーニャ・モゴネルはしっかりと詫びることだろう。

 あの子が悪くないことで、王女にはどうしようもできない権力が関与していたとしか思えないが……。


(それでも、双方共に責任感が強すぎるからのう)


 少しばかり肩の力を抜いて、笑い合えていればいいのだが。

 そんなことを老人は思いながら手入れも忘れて伸ばしっぱなしの髭を撫でたのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言]  む、新規に学校を建設した場合の教師役ひとり発見か。  或いは校長でもいいですね。
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