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世にも奇妙な『悪辣姫』の物語  作者: 玉響なつめ


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幕間 王と王妃は取り戻せないものを知った

 あの子から衝撃の事実を聞かされて、我々はディノス国を後にした。


 慌てて戻った我々を待っていたのは、顔色を悪くした息子の姿だった。

 具合でも悪いのかとただでさえ苦しい気持ちに拍車がかかったが、我々を制して息子は紙の束を押し付けてきたではないか。


「父上に、読んでいただきたいのです。母上はその次で結構」


「まあ! お前は何故そんな冷たい物言いを……」


「そうだぞマリウス、母に対して」


「とにかく目を通してください。話はそれからです!」


 強い口調で余にそのように意見を言う息子は、初めてのことで思わず動揺してしまった。

 大人しく、とても気性の穏やかな良い子であったはずなのに睨み付けるこの気迫はなんとしたことか。


 だが渡された紙束に目を通せば、そこには目を伏せたくなる事実ばかりが書いてあるではないか。


 そこには、あの子が言っていたようにかつて我が王宮にも出入りしていたユルヨが数多の貴族令嬢を毒牙にかけ、そしてあの子を虐げる噂を広める手助けをしたというのだ。

 彼女たち、その家族は本人の名誉のために家名を明かさないことを条件に話をしてくれたそうだ。


 何をされたか明かされれば、貴族令嬢としても一人の女性としても生きていくのは難しい。

 それを利用したユルヨは、王女が声を上げることが最も危険であることを知っていた。

 あの子がいくら我々から関心を寄せられておらず、周囲も軽んじているとはいえやはり一国の王女であることを危惧してのことだったのだろう。


 あの娘が我が儘で、酷い王女であると王城内で広まっていた噂は当時そこまでのものではなかったそうなのだ。

 あの子についた『悪辣姫』の噂を面白おかしく(・・・・・・)話して回れ、そういうものだったのだ。


 そうして声を上げることすら許されない状況に追い込むと同時に、それに加担したことでより声を上げられなくなった貴族令嬢たちは身動きが取れなくなった。

 それどころか、 自分よりも(・・・・・)不幸な人間が存在するということに安堵と優越感を覚えるようになったというのだ。


 それも、王女という自分たちよりも高位の人間がと思うと自分が虐げられたことを忘れられたのだという。

 だからもうユルヨは関係なく、王女であるはずのヘレナは貶され続けたというものだったのだ。


「ああ、あああ……」


 なんということだ。

 関心を寄せていない?


 そんなことはない、そう言いたかった。

 だが、ディノス王国であの子に言われた。


『これまでもずっと陛下とお呼びしておりました』


 言われるまで、気づかなかった。

 王と臣下、親子でありながらずっとその態度を貫いているあの子に。


(父と呼ばれたのはいつだった? 抱き留めてやったのはいつだった?)


 まるで記憶にないのだ!

 そんな馬鹿なと言いたい。あの子も可愛い娘だ。

 確かに忙しい日々の中で、だけれど、ああ。


 紙に記されていることは、いずれも正しいのだ。

 あの子は何も悪くなかった。

 何も悪くないままに、我々が気づかないことすら諦めて受け入れて、人質として送られるその日もたった独りだったのだ。


「なんと、なんということだ」


「……陛下……?」


 怯えた目を向ける妻に、王妃に、怒鳴りつけたくなるのをグッと堪えた。

 彼女を叱ることは余に許されることではないのだ。


 誰もがあの子にとって加害者であり、何も知らなかった余は愚かな父なのだ。


 思えば、妻を愛して子を儲けて、それで一人前の父親になったつもりであった。

 紙束を震える手で受け取った王妃は、青い顔をしながらぺらりぺらりと紙を捲っていく。


(男児を産んでくれと、余も言ったことがある。父と母も。周囲もだろう。きっと王妃はその言葉に呪われていた)


 他愛ない期待は大きな呪いとなり、そして生まれた息子(マリウス)に向けられ――娘のことを蔑ろにしてしまった。


「息子でも、娘でも、喜ばしいと……そう、思っていたはずなのに」


 もはや顔向けもできないこの事実に、余はうなだれる。

 その時間すら許されないと理解しているが、それでも今は父として悔いていた。


「妹の教育係たちを辞めさせたのも、当時の女官長や侍従長でした。陛下の元へビフレスクやアンナが陳情書を届けても、そこで握りつぶされていたのです」


「なんだと」


「彼らは古き王国の習わしを守りたかったようです。それは建前だったかもしれませんが」


 マリウスが全て嫌気が差したとでもいうように笑う。

 王女に用意されていた予算は、全て彼らが使っていたというのだ。


「要らない王女の予算を少しだけかすめ取ったら、誰も気付きはしなかった。そのうち誰もが共犯者になって、あの子にはとうとう何も残らなかった。笑いぐさですよね、王女が嫁いだのに思い出の品なんて一つも無いのですから!」


 マリウスの言葉に、王妃が崩れ落ちる。


 余もその苦しさに膝をつきたかったが、それはまだ許されない。

 それだけのことをしたのだ。

 あの子が、この国に対して、家族に対して何一つ思い出を残せない、残したくないと思ってしまう状況を作り出したのは、他でもない余であったのだろうから。


「……ユルヨを捜索せよ」


 ただ絞り出すようにそう告げる。

 貴族家たちには公表するしかあるまい。


 そして多くの家(・・・・)が関わっていた事実を明かし、お前たちだけではないと互いを罵り合えばいい。


「……余が贖うのは、それからだ」

 


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