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第三十四話

 それは、まだ私が五つか六つの頃だった。

 現われたユルヨは他の教師と違い、私のことを姉や兄と比べることもなく穏やかに接し、王女としての私に敬意を払ってくれたのだ。


 それまで両親から関心を得たこともなく、侍女たちにもそっぽを向かれ、教師たちからは叱られてばかりでまだ泣いていた頃の私は、ユルヨを信頼した。


 だが次第に、彼はその本性を見せ始めた。

 

 初めは、小さなお仕置き(・・・・)だった。

 与えられた課題を答えられなかったりできなかったりした時に軽く手の甲を抓られる程度。


 跡も残らないし、その瞬間だけ痛くて、でも「次は頑張りましょうね」と笑顔で頭を撫でてくれる彼を私は失望させてはならないと頷いたものだ。

 だが、抓られる箇所が変わり、その力が強まり、私が苦痛に顔を歪ませるその表情を見てユルヨが笑う。


『貴女がどれだけ訴えたとしても、きっと誰も理解を示しません。だってそうでしょう? 誰からも大事にされない貴女と、誰からも信頼されるボク! どちらの意見が通るかなんて、火を見るよりも明らかだ!!』


 ケタケタと笑うその姿に、絶望を覚える。

 彼は私の頬を撫でて、よく笑った。

 私のこのプラチナブロンドの髪が気に入っている、紫がかった瞳が絶望に染まるのが好ましい、こうやって繰り返し繰り返し誰にも信じてもらえないまま自分のところにいて壊れていく貴女を見ていたい……そういったことを繰り返し告げられて、私は息苦しくてたまらなかったのだ。


 そしてそのうち、スカートを捲って見せろだの四つん這いになって犬の真似をしろだの言い始め、私は誰かに助けてほしくて――姉のサマンサに、苦しい胸の内を告げたのだ。


「当時はまだアンナもビフレスクも私の傍にはおらず、信頼できる相手はいませんでした。姉のサマンサは私のことを好いてはいませんでしたが、妹として気には掛けてくれていたようで……」


「……それで、教師を変えてほしいと願い出たのか」


「はい。一流の学者たちを揃えてもらったというのになんという我が儘だと叱られました。けれど、サマンサお姉様が口添えをしてくださって……結果として、教師のレベルに私が見合わないからだということで変更してもらえたのです」


「その言い様もどうなんだ」


 私の言葉を聞いて不満そうにするアレンデール様。


 恐ろしくて、あの頃は誰にも頼れなくて。

 ユルヨが来るという日は、絶望しかなかった。

 それでも人当たりの良い彼が現われるのを侍女たちは心待ちにしていたし、両親も彼を気に入っていた。


 彼が言う通り私が何を言ったって、誰も信じてはくれない。

 その事実もまた、私を追い詰めていたのだと思う。


「ユルヨも含め、教師の顔ぶれが変わりました。侍女たちはそれも不満だったのでしょう、日常的に私に対して周囲が不満を持つように、より華美なものを仕度されるようになりました」


 あの姫は我が儘だから。

 勉強なんてしたがらない。

 趣味の悪い服で華美に装うだけで、中身が伴わない要らない(・・・・)王女!


 そうやって私を貶めることで、彼女たちは溜飲を下げていたのだろう。

 実際、両親が私に無関心である以上……それを咎めるのは、その人が持つ良心次第だったのだろうから。


「その頃、手紙が来ました」


「手紙?」


「はい。無記名で、私の枕元にあったから……誰か侍女が届けたのでしょう」


「不用心だな!」


「……そのくらい、私はあの国で価値のない姫でしたから」


 やはり、改めて口にしてその異常性に苦笑する。

 大望の男児というだけで全ての期待を押し付けられてしまった兄を羨ましいとは思わないが、両親も人としてどこか欠落していたのかもしれない。


 そう思うと、パトレイア王家の人間は、自分も含めてどこかおかしいのかもしれない。


「手紙には、小さな悪意は積み上がっていくもので……そしてその悪意は、小さな善意を食らい尽くし、真実を覆い隠すことも可能なのだと記されていました」


 私が、絶望の中で人形のようになっていく姿はどこまでも綺麗だろうと綴られていたことは伏せる。

 ユルヨという男性もまた、きっとどこかおかしかったのだ。


 彼は私を人形に仕立て上げて、何がしたかったのか。

 今となってはわからないし、わかりたくないと思ってただ……私はアレン様の腕の中にいられる幸せを享受するのだった。


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