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世にも奇妙な『悪辣姫』の物語  作者: 玉響なつめ


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第二十八話

 この王子は確かに困った人だなと私は曖昧に微笑んで、憤る旦那様の腕にそっと手をやってこちらに注意を向けてもらう。


「旦那様、私は大丈夫ですから……」


「しかし……」


「なんだアレン、貴様……妻に名前も呼んでもらえていないのか! よくそれで『自分たちは幸せだ』などと言えたものだ」


 私の言葉をとって、カルロ様が嗤う。

 私を笑いものにするのではなく、あくまで旦那様にその矛を向け続けるあたりは根っからの悪い人ではないのかもしれないけれど……それでも、その言葉に私はぎくりとした。


 そう、私は旦那様のことをお名前で呼んだことがない。

 これまで、閨の中も含めて、一度もだ。


 最初のうちは、いつか別れる人だと思っていたし、私に名前を呼ばれるのはいやだろうなって思ってたけど……今は単純に、恥ずかしい。


(だって、これまでずっと『旦那様』だったのに、いきなり名前でなんて……)


 どんな顔をして呼べばいいのか、わからない。

 きっと旦那様のことだから、当たり前のように受け入れてくださるとわかっているけれど。


 ちらりと隣の旦那様を見上げると、鬼の形相をしているではないか。


「だ、だんなさま……?」


「そんなことはない。俺と、ヘレナは、想い合う仲だ!」


「ほーお、じゃあなんでお前は他国の姫であった彼女に名前も呼んでもらえずまるで使用人のように『旦那様』などと言わせて(かしず)かせているんだ?」


「それはっ……」


 バツが悪そうな顔をする旦那様に、私は目を瞬かせる。


 もしかして、この方は私に対して申し訳ない気持ちを抱えているのだろうか。

 噂を鵜呑みにして悪かったと言ってくれたこともあったし、離れに追いやってしまったと謝罪もしてくださった。


 それらが、今もまだ旦那様の中にあって……私に何かを求めることが、怖いのだとしたら。

 私が、旦那様に対して何かを求めることが怖いように。


「ディノス国の第三王子殿下カルロ様にモレル辺境伯アレンデールが妻、ヘレナが申し上げます」


「……な、なんだ?」


「私はご存じの通り、このディノス国とパトレイア王国の架け橋となるべく嫁いで参りました。両国の間にある諍いを取りなすための婚姻と心得ております。それに加え、夫を私は個人として尊敬しております」


 そこまでを言い切ってから、乾く咥内を誤魔化すように私は旦那様を見上げる。

 彼は、驚いたような表情を見せていた。

 でもその耳が、じわじわと赤みを帯びているから、きっと言われていやだったということは、ないと思う。


「……まだ婚姻し短い期間ではありますが、真摯に私と向き合ってくださるアレンデール様のことを、私はお慕い申し上げております。その、名を呼ばないのは、まだ少し……恥ずかしい、ので」


 本当は、ちゃんと呼び合えたらいいとわかっているけれど。

 でも、まだ臆病な私は堂々とそんなことができないから。


 心のどこかでまだ、何かあったらこの婚姻関係は破棄されてしまうのではないか……旦那様にとって良い人が現れたら身を引くべきではないのかと、そういった考えが捨てきれないでいる。


 これが良くない考え方だということは自分でもわかっている。

 だけど、旦那様は少しずつでいいと仰った。


 それに甘えてばかりだけれど、変わっていきたいと……本当にそう思っているから。


「……旦那様が、おいやでなければ、その、これからはお名前をお呼びしたいなと……」


「い、いやなわけがない! むしろ呼んでくれ!! アレンと愛称で呼んでくれ!!」


 私の小さな声でのその願い事に、旦那様が大きな声で答える。

 それを耳にした周囲が微笑ましいと笑うものだから、私たちは揃って顔を赤くするのだった。

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