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世にも奇妙な『悪辣姫』の物語  作者: 玉響なつめ


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第十七話

 旦那様に、重ねて妻は私だけだと告げられて、私は何も言えなかった。

 グッと何か、こみ上げてくるものがあったけれど無表情を貫いた。


 何かを言わなければいけないとわかっていても、今この口を開けば何か……取り返しがつかないような言葉が飛び出てしまいそうで。

 手にしていた貴族年鑑をぎゅっと握りしめ、目を伏せる。


「旦那様は、素晴らしい方です。本来であれば、この辺境地を守っていける気概ある方を妻に迎えるべきでしょう」


「ヘレナ」


「特に、このようなことを申しては失礼かもしれませんが、前辺境伯の妻が仕事をしなかったのであれば余計にその代の分を取り戻さねばなりません。領民のためにも……」


「確かにその通りだ。だが俺は、君とその関係を築きたい」


「……旦那様」


「下がってろ。人払いをして、客が来ようともう俺を呼ぶな。イザヤに対処させろ。いいな?」


「は、はい!」


 旦那様は私に視線を向けたまま、侍女に低くそう告げた。

 彼女としても旦那様のそんな態度に驚いた様子で肩を跳ねさせているではないか。

 チラチラと私の方へ向ける視線は、どこか気遣わしげでもあった。

 

 気のせいでなければ、だけれど。


「ヘレナ。やり直しをさせてくれ」


「……?」


 侍女が下がったのを確認して、旦那様が私に歩み寄ってくる。


 階下からゆっくりと階段を上ってくる旦那様を見て、私は何故か下がってしまった。

 どんどんと近づいてくる旦那様の目が、真っ直ぐに私を捉えている。

 それが妙に怖くて、俯いてしまう。


 貴族年鑑を抱きしめるようにして、視線は下に。

 でも、見える床には旦那様の足があってその距離が近いことは、わかってしまった。


「ヘレナ・パトレイア王女殿下」


 名前が、呼ばれる。

 胸が、苦しい。


 視線は上げられない。


 だけど、私の前に旦那様が跪いたから、彼の顔が見えた。

 彼の顔が見えるということは、彼からも私の顔が見えるということだ。


 泣きそうで、情けないこの顔を。


「俺の名前はアレンデール・モレル。辺境伯とは名ばかりの、腕っ節が取り柄の若造だ。辺境地の暮らしは決して華やかなものじゃないし、苦労をかけることも多い。だけど、俺と共に歩んで欲しい」


「……だん、な、さま」


「なあ、だめか?」


 気がついたら、顔を上げていた。

 私に向かって微笑む旦那様は、優しい顔をしている。


 どうしてこの人は、こんなに優しいのだろう。

 どうしてこの人は、こんなにも酷いのだろう。


 諦めていた私に希望を持たせ、私の忘れてしまいたかった気持ちを思い出させる。


「……私、は、何もなくて」


「うん」


「お役に、立てるようなことは」


「俺もまだまだだ」


「パトレイア王国の人間で」


「……帰りたいならそれなりに考えるが、帰らないでもらえると嬉しい」


 帰りたいか、ですって?

 帰ってどうなるというのだろう。


 ここにいたって、何かができるわけではないけれど……それでも、私はあそこにいた頃よりも幸せだ。

 寂しいなんて気持ちは、とうの昔に忘れていた。

 この土地に来たってそれは変わらなかった。


(いいえ、違う)


 この土地に来て、寂しいなんて思わなかった。

 だって、ずっと。


 ずっと、旦那様が傍にいてくれたから。


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