エピローグ 世にも奇妙な悪辣姫の物語
勝手に証人として裁判の場に立ったことは、咎められることはなかった。
あの場にいたらむしろ私の名誉を守るために行動できたのにとアールシュ様が憤慨してくれたのが、少し嬉しかった。
皇帝陛下や皇族の方々がいらっしゃらなかったのは、彼らの持つ権限の強さから裁判に影響を及ぼしかねないということらしいのだけれど……詳しくは、聞いていない。
多分、私が聞く必要はないからだ。
ちなみにあの場でのことは、ある意味で良い方向に作用した。
異国の娘がバッドゥーラの極悪人に貶された過去を持っていて、それが異国の姫君であるということはあっという間に広まった。
あの場所では証言に立つ娘たちは誰一人としておらず、堂々とあの男に虐げられたのだと証言した私を『娘たちの代表としてあの男の所業を他愛ないこととして切り捨てた』と何故か好意的に受け取ってもらえたらしい。
悪辣姫という名を好意的に受け止められると、とても奇妙な気持ちだけれど……おそらくは、情報操作も入ったのだろうと思う。
「ヘレナ、大丈夫か?」
「はい、アレン様。……ふふ、そんなにしょっちゅう聞かなくても、大丈夫ですよ」
「だけど、ほら。心配じゃないか」
ユルヨは、大人しく刑についたそうだ。
石造りの狭い独房の中で、人々の声が聞こえる場所で、そして見えない場所で、その生が幕を閉じるまで過ごすことが彼の刑だという。
その場所は秘密の場所で、誰も彼を貶すことも傷つけることもない代わりに、誰も彼がそこにいるとは知らないまま、孤独の中に置くのだという。
正直、想像がつかない。
ただ私の言葉を最後に、彼は呆然と『自分だけなのか』と呟いて以降とても大人しいのだと、それだけ教えてもらった。
(……ユルヨはある意味孤独で、だから私に執着したのかもしれない)
だけれど私は彼が望む私ではなかったから、結局は……こうなっていたのだと思う。
この国に到着した際、私は船酔いや疲労があったのだと思っていたけれど実は懐妊していたのだ。
そのことは勿論いの一番にアレンデール様に報告させてもらい、イザヤやアンナも大喜びしてくれて、そしてアールシュ様やドゥルーブさんも加わって宴が開かれたほどだ。
皇帝陛下にも伝えられ、改めて追ってやってくるディノスの外交官たちとは別にやはり居を構えゆっくりと出産に向けて準備をした方がいいといろいろ手配してくださった。
マリウスには、手紙で知らせた。
自分が伯父になるのかととても喜んでくれた。いつか会いに行くと。
彼の手紙によると、パトレイア王国は今王家を糾弾する貴族と、憔悴した国王夫妻とでとても揉めており、王太子として今は動けないとのことだった。
ユルヨが私を虐げ、そして多くの貴族の令嬢たちを操ったことについて誰が悪いかと言えばユルヨでしかないけれど、それをバッドゥーラで裁くことになって不満が募ったらしい。
ただ貴族の大半が私に対して無礼な振る舞いをしたという事実もあるので、泥仕合のようになっているのだとか。
シンナ・バァルは犯罪奴隷の強制労働先である、毒素の多い鉱山で治療をする日々だそうだ。
あまりの苦行に犯罪奴隷たちは毒で楽になりたいと願っているのをシンナ・バァルは治療し、彼らの怨嗟を受けながらもまた毒に冒されるという刑なのだそうだ。
その判決に『毒の研究ができれば十分だ』と笑いながら、私に謝罪をしていたそうだが……やはり理解できなかった。
他の教師たちについてもマリウスは厳しく考えていくつもりだとそう締めくくっていた。
「マリウス殿下はなんと?」
「しばらくは国元を離れられそうにないけれど、私の懐妊を喜んでくれているようです」
「そうか」
「……他の姉たちに関しては、特に書かれていませんでした。両親に関しても」
「そうか。だが、それがあの人たちにとっていい罰だとマリウス殿下は思っているのかもしれないな。実際、まだ会ってもいい影響があるとは思えない」
「そう、ですね……」
「とはいえマリウス殿下に対しても俺はいい感情を抱いていないけど。ああでも、パトレイア王国のこれからを考えると十分な罰、か」
「……」
ディノス国についても、アレンデール様に届く手紙で知ったことだけれど……第三王子のカルロ様が子爵位を賜り、ディノス国内でもあまり豊かではない土地を拝領したのだそうだ。
それ以外は教えてもらえなかったけれど、私が知る必要もない。
「この子の国籍はどうなるのかしら。この地で生まれても、ディノスだとは思うのですが」
「ディノスだろうけど、でもまあ子育てが一段落するまではこの国に滞在してもいいかと俺は思っているんだ。子供が将来どうしたいかとかは、成長する中で確認していけばいいだろう」
「……アールシュ様が喜びますね」
「そうだなあ。あいつ、今から俺たちの子供と遊ぶ準備をしているんだぜ? まったく、まずは自分が結婚しろと思うよ」
「ふふ」
幸せだなと、そっとまだ膨らんでいない腹部を撫でる。
私の名前はあの一件でよく知られてしまったが、あの行動そのものは後悔していない。
(不思議なものだわ)
嫌われ者で、誰にも私自身のことなんて見てもらえないと思っていたはずなのに。
嫁いだ先で愛されただけでなく、さらに遠くの地にまで来ているこの現実は……とても奇妙で、そして楽しい。
「アレンデール様」
「うん?」
「幸せですね」
「……そうだな。ああでもこうしてのんびりしていられるのは、数日だけかな」
「え?」
「シュタニフ老たちを乗せた船が数日中に到着するそうだ。彼らもヘレナの懐妊を喜んでいたから、きっとまた宴になるだろう」
「先生たちが? 嬉しいわ」
私は孤独を知っていた。
だけど、もう孤独ではなくなった。
私は『悪辣姫』だから。
きっと幸せを願って、我が儘になってもいいのだろう。
ふとそんなことを思って、私を守るように抱きしめる夫を見上げてその唇にくちづける。
「……ヘレナ?」
「もっと幸せになりたいと思ったら、それは強欲でしょうか」
私の問いに、アレンデール様は笑った。
この人は決して私の言葉を否定しないだろう。だけれど、確認せずにはいられなかったのだ。
だから、笑ってくれて、嬉しい。
「当たり前だ。俺はお前よりもずっとずっと、強欲だから……もっと子供を作ろうな」
「はい」
親に恵まれなかった私たちは、それでも周囲に恵まれた。
これからもおかしなところは多々あって、戸惑って、時には間違えることだろう。
だけれどきっと……可哀想な『悪辣姫』はもういないのだ。
ここにいるのは幸せになった、ただの夫婦なのだから。
これにて『悪辣姫』最終となります!
いろいろとかっ飛ばし気味ではありますが、書きたいところは書けたかなと思っております。
幸せになったヘレナはきっとこれからもみんなと一緒に幸せを模索していくことでしょう!
最後までお付き合いありがとうございました!




