第八十七話
私の言葉が何故彼に届いたのかはわからない。
だけれど、ユルヨには確かに私の声が聞こえていたのだと思う。
呆然と、不思議なことに『信じられない』とでも言わんばかりの表情を浮かべたユルヨがただ私を見ていた。
彼の様子がおかしいことに傍聴席で怨嗟の声を上げていた人々も気づいたのだろう。
一人、また一人とユルヨの視線の先……私に、視線を向ける。
最終的には、裁判所の中はしんと静まり返った。
「……アレン様、どういたしましょうか」
「どうするといってもなあ。アイツに言ってやりたいことがあるなら、意見できるよう裁判官にかけあってみるくらいしかないが……それとももう帰るならそれでもいいと思う。義理は果たしただろう」
確かにアレンデール様の仰る通りだ。
私がこの裁判に足を運べば大人しく裁判を受けて供述もするという約束だった。
だけどもうユルヨは語った。
自分の罪を認め、それらによって処刑されようとその原因が私で、そのことで私が傷つけばいいとそう高らかに言ったのだ。
「……」
「ヘレナ?」
ユルヨはまだ私を見ていた。
ただただ、呆然と。
「証人として、ヘレナ・モレル夫人……夫人の発言を求める!」
そして何を思ったのか、ユルヨがそんな声を上げた。
私を真っ直ぐに見ていて、そして聞き覚えのない異国の名前。
そこから周囲の人には私がそうだとわかったことだろう。
(そう、そうなのねユルヨ)
どうあっても彼は私を舞台に引きずり出して、傷つけたいらしい。
哀れで、愚かな、悪辣姫を。
「無礼な」
後ろに控えていたアンナが厳しい声を漏らしたけれど私はそれを手で制する。
そしてゆっくりと立ち上がった。
注目を浴びるのは好きじゃない。
その目は決して友好的でもなんでもない。過去に受けた、屈辱を思い出すものだ。
それでも私は怖くなかった。
「……アレン様、決着をつけて参ります」
「わかった」
私の言葉にアレン様が微笑んで立ち上がり、エスコートをしてくれた。
周囲が困惑する中、私はアレン様と共に傍聴席の一番後ろの席から柵の一歩手前まで進み、そして裁判官を見る。
「罪人に証人として喚ばれました、ヘレナ・モレルです」
「……証人として、立たれるということ、ですかな?」
「はい」
どこか気遣うような声に、私はゆったりと笑みを浮かべる。
困惑する裁判の空気の中で私は底に足を踏み入れた。
(さあユルヨ)
同じ舞台に立ってほしかったのよね。
だけれど、それがあなたにとって望ましい結末に繋がるとは誰も保証してくれないのよ。
だって私は――悪辣姫なのだから。




