幕間 アレンデールは思わず笑う
裁判所は、どこも似たような造りなんだなとどこか他人事のように思っていた。
傍聴席にヘレナと共に腰掛けて、周囲をそれとなく見回せば……彼らの怒りに満ちた目が、ただただ真っ直ぐにユルヨに向いていて驚いた。
勿論俺だって愛する妻に対していろいろとやらかした男のことを憎く思ってはいるわけだが……この国でこんなにもあの男は嫌われ、憎まれているのかと思うとおかしな気分だった。
そして連れてこられたユルヨは、そんな目の中で愉悦に顔を歪め、ただヘレナを見ていた。
ヘレナだけを。
どれだけ綺麗に取り繕ったって俺にはわかる。
あいつのあの目は、ヘレナしか見えていない。
(隣にいる俺のことなんて眼中にないときたもんだ)
そこまでいくと、逆にいっそ潔い。
そっと息を吐くとヘレナが俺を見る気配がして、そちらに視線を向けた。
「どうした?」
「アレンデール様こそ……」
「いや、案外元気そうだと思って」
俺はあの時、加減した。
腕が二度と動かないように、切り落とすには至らないように。
一生涯、重荷となる利き腕を抱えて罪を償うために苦しめばいいと思った。
あそこで切って捨てて処断としても良かった。いや、国としては良くないが。
でもあの時は本当にそんな深いことは考えちゃいなくて、ただ『ユルヨ・ヴァッソンをここでそのままにしておくわけにはいかない』ってだけだった。
お綺麗なその笑みを、大切なヘレナに手を伸ばすそいつを排除するのは俺がしなくちゃいけないと思った。
(……あいつもまた、自分のことなんざ手段の一つなのかもしれないな)
共感も、理解もしないしできそうにないが。
罪状を裁判官に読み上げられ、その内容と数の多さに知らず知らずにため息が漏れる。
あちこちから聞こえる怨嗟の声に妻が怯えないかと思ったが、ヘレナはただ真っ直ぐにユルヨを見ていた。
何の感情も籠もらないその目は、このおかしな場所で酷く静かだ。
「貴女はわたしをこの場に引きずり出した。わたしが処される宣言を耳にする。どうです、わたしの死は貴女が引き金だ」
そんな中、ユルヨが高らかに笑うように、歌うようにヘレナへの歪な愛を言葉にする。
ああ、こいつは自分の命をヘレナに背負わせようとしているからこそこの裁判に彼女を招いたのだと知って、心底軽蔑した。
「永劫の傷を! 貴女はわたしを永遠に忘れることができなくなるのだ。ああ、なんて素晴らしいのだろう。なんて」
なんて愚か者なんだろうな、ユルヨ・ヴァッソン。
お前の命如きでヘレナに傷がついたとしても、俺がそれを残しておくわけがないだろうに。
そう鼻で笑いそうになる俺の耳に、静かな声が聞こえた。
「なんて馬鹿らしい」
ああそうだよな。
俺は口元が緩むのを感じながら、愛しい妻の肩を抱くのだった。




