幕間 ご機嫌な皇子
「まったく、王太子にはしてやられたなあ」
「しかしアレンデール様のおかげで彼奴を取り逃すことなく連れ帰れることとなりました」
「ああ、そのことには感謝しよう。モレル領に対し、バッドゥーラは最大の敬意を払うと約束する」
捕らえられたユルヨ・ヴァッソンが本物である、それを確認したアールシュとドゥルーブはうなずき合う。
バッドゥーラの大使として、アールシュは今回の件を全て呑み込んだわけではない。
ディノス国の王太子には王太子の立場があり、守るものがあり、そのための立ち回りであったのだろう。
おそらくは時間が足りずに、あのようにするしかなかったことは想像に難くない。
だがだからといってそれらを全て『仕方ない』で呑み込んではいけないのが政治だ。
しかもバッドゥーラとディノスというこの二国間には、まだ信頼も何もあったものではない。
アールシュとアレンデールの間に友情はあっても、王太子レオポルドとアールシュは顔を見たことのある王族程度の認識に過ぎないのだ。
政治は個人間の感情ではない。
だが、個を無視してまで行えるものではない。
特にそれが権力者同士ともなれば。
「……父上から返事は来たか」
「はい、先ほど」
「それで?」
「アールシュ様の館近く、一等地によい家屋があるそうで今急ぎ改装を行っていると。殿下のご友人に会える日を心待ちにしているとのことでした」
大使夫妻を招くのではなく、大国の皇子の親しい友人として認め、歓迎すると皇帝がはっきりと認めた。
それを受け止めてアールシュは笑みを深める。
(そうだ、それでいい)
バッドゥーラが取り逃がした敵を皇子が他国の友人と共に捕らえ、凱旋をする。
ディノスには申し訳ないが、アールシュはアレンデールとヘレナを軽んじる国に二人を帰すつもりはないのだ。
彼らにも家族や親族、親しい友がいることは理解しているから会いに行く分には気にも留めないが、彼らの良心を犠牲にしてまで国に尽くさせるつもりはない。
バッドゥーラに連れて行けば、あとはどうとでもなるだろうとアールシュは考えている。
「……殿下の思惑通りに行くといいですねえ」
「なんだ」
「あのお二人のことですから、そう思い通りになってくれなさそうで」
「……別にバッドゥーラに囚われてほしいわけでもない。あいつらが幸せであればいいってだけで」
「はいはい。殿下が寂しいからどこかに行くなら帰ってきてくれる土地に選んでほしいってだけでしょうが、言い方が悪いんですよ。陛下の影響ですかねえ」
「お前、聞かれたら処されるぞ」
「殿下の前だけですから」
喉で笑うドゥルーブに、アールシュはふんと鼻を鳴らす。
だがその顔はいつになく楽しそうだった。




