幕間 不器用な兄
「レオポルド兄上」
「……カルロか」
国王の部屋から出てきたレオポルドに、躊躇いがちな声がかけられた。
その声の主を見て、レオポルドはそっと疲れたように微笑む。
つい先ほどまで、王太子である彼は父である国王に叱り飛ばされていたところだ。
その内容には心当たりがありすぎるので、何も弁明はしなかった。
理由について聞かれた際、正直に答えたことで叱責以外罪に問うことはしないと言われてはいるが、それでもレオポルドとて疲れていた。
だがそれもこれも、可愛い愚かな弟のためだ。
彼にとって家族は、敵にもなり得る存在であった。
第一王子として彼は特別問題もなく、健康で、常識的な男であった。
だがそれだけである。
本人も自覚する程度に、特に悪い点もなければ秀でたところもない凡庸な人間であると彼は知っていた。
弟たちのことは可愛いが、彼らが自分よりも秀でていて、さらに野心家であったならどうしようといつだってヒヤヒヤしたものだ。
だが幸いにも二人の弟はどちらもレオポルドのことを兄と慕い、彼を立ててくれる、そんな良い弟たちであった。
(何があっても弟のことは守ろう)
父である国王は、自分たちを息子として愛するよりも公人としての立場を貫くだろう。
それはそれで王として正しい、それを理解しているから彼も非難するつもりはない。
だが問題は王妃だ。
レオポルドにとって尊敬できる母親であると同時に、少々恐ろしい人でもあった。
「……お時間を、いただいても」
「構わない。だが、ここではなんだから私の執務室へ」
「はい」
カルロは、酷く気落ちしているようだった。
おそらくもう一人の弟であるガウティーノから今回の顛末を聞かされたのだろう。
(ユルヨ・ヴァッソンという男は、危険だ)
カルロの命と、尊厳を守るために一旦は従うふりをして証を預けた。
そのことについて国王に酷く叱責を受けたわけだが……あれの効力は、まもなく消える。
証の形を、変える手筈は整えられたのだ。
レオポルドは弟を守りたい。
だが王太子として、甘く見られても困る。
その結果として、アレンデール・モレルという武人をよその国に貸し出す羽目になったのは少々痛手ではあったが……実際のところ、外交に関してバッドゥーラの言語は難解で、あちらの客人と上手くやれている辺境伯を送り出すことにはなんだかんだと言って国王も理解を示したのだ。
ただ今回は、やり方があまりにも急で、杜撰で、乱暴だったからこそ代表としてやってきたアールシュ皇子の不興を買った、その点でも大きな痛手だ。
勝手に証をユルヨ・ヴァッソンに渡し、脇の甘い第三王子を庇って優秀な辺境伯からの信頼を損ね、これから友好を重ねる相手の不興を買った。
(確かに王太子としてはどこまでも、愚かな選択だった)
だが、証はもう一つ、預けられているのだ。
それをどう使うかまでは指定しなかったが……上手く使ってくれることを、レオポルドは祈っている。
(もし、弟のところにあの王女が嫁いで来ていたら、今と違ったのだろうか)
母がそのように嘆いていると耳にして、それを知ったらカルロはさぞかし悲しむだろうと思ったものだ。
だが、今更である。
レオポルドは泣きそうな顔の弟の頭を、乱暴に撫でるくらいしかできそうになかった。




