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世にも奇妙な『悪辣姫』の物語  作者: 玉響なつめ


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幕間 過去は過去、責任は責任

 フルゴーレ兄様に、わたしは会いに行った。

 かつての面影を残す建物に、わたしの大切な兄の姿がある。


 それなのに、こんなにも胸が軋むような気持ちになったのは……あまりにも、あの頃と違う現状のせいなのか。


「兄様」


「……アデラ」


「お義姉様の様子はどう?」


「ああ……義父母は正気を取り戻す時間も増えたが、妻はまだ……」


「そう……」


 ヘレナ様のご厚意で、兄とその家族は辺境伯家の離れで生活をしている。

 食事から何から、侍女までつけて全て面倒を見てくれて……本来ならば、こんな好待遇は許されるものじゃない。


 兄は家族を救うためといえ、貴族を裏切ったのだ。

 それも、自分と血の繋がりのある貴族を。

 厳密に言えば甥っ子の奥さんに対して、害意を持っているかもしれない相手を連れてこの館に足を踏み入れただけ、なのだろうけれど。

 それでもそんな人間を、明確な害意を持つ相手から命じられて連れてきたのだから言い訳のしようもない。


 本来ならば罰せられるべきであり、見捨てられてもおかしくない状況なのだ。

 それでもヘレナ様は何も言わない。

 何も感じていないのかもしれない。


(綺麗なだけの人じゃない)


 か弱い少女のような、庇護欲をそそる眼差しをすることもあるかと思えば突然女王然としてこちらが思わず膝をつきたくなるような空気を醸す彼女に、わたしも日々驚かされている。


 アレンは本当に、良い妻を持ったと思う。


「フルゴーレ兄様、近いうちにアレンデール様が戻るそうです」


「……アレンが」


「そこで今後のことが決まるのでしょう」


「ああ……ああ、そうだな」


 かつては自信に満ちあふれ、才気溢れる商人として名を馳せたその姿はどこにも見出せないほどフルゴーレ兄様は疲れ切った笑みを浮かべるばかりだ。

 兄様の向こうに、あらぬ方向を見て笑う女性の姿が見えて、わたしは目を逸らす。


「……これでよかったんだよ、アデラ」


「兄様?」


「俺はね、子供の頃から才能があるだのなんだの言われちゃいたが、大した人間じゃないことくらい自分でよくわかっていた。だからこそ、この家から出て行くことを夢見ていた」


「……」


 ぼんやりと手を宙に伸ばし、まるでそこに何かがあるかのように微笑むフルゴーレ兄様の奥さん。

 その表情は、幼い子供のようだ。

 あの人は正気に戻るのだろうか。

 戻ったところで、現実を受け止められるのだろうか。


 それは、誰にもわからない。


「アレンデールが今の俺にどんなことを告げるかはわからない。だが真摯に受け止めるつもりだ。……ヘレナ様のおかげで、義父母は良くなってきている。罪を償うのは俺だけにして、家財は売り払ってもらって……といっても大した額じゃないが、妻たちをどこか施設に預けてもらえるよう願い出るつもりだ」


「兄様」


「罪は罪だ。家族を想おうが、その想いで結果悪をのさばらせるならそれはただの罪だ」


 フルゴーレ兄様の静かな言葉に、わたしは何も言えなかった。

 領主の一族としては正しく、兄妹としては悲しい。


 ヘレナ様がいなかったら、ユルヨという男は兄の背後に忍び寄ることもなかった。

 でもそれを咎めるのは、ただの八つ当たりだということもわかっている。


「ここも綺麗になったよな」


「え?」


「俺たちが子供の頃は、走り回って花なんて碌に見やしなかった」


「……そうですね」


「なあアデラ、俺もお前も変わったんだよ。変わらないものはないんだ。俺は領主の息子で貴族だったが今は違う。あの親父の息子だけど、領主の息子じゃないんだ。お前もそうだ」


 当たり前のことだ。

 何を言っているのかとわたしは目を瞬かせる。


「アデラ。何を思おうと責任を感じても、今となってはどうしようもないんだ。俺たちは自ら選んでこう(・・)なった。俺は、兄貴に責任を押し付けて……アレンデールに押し付けて、それを見ない振りをした段階で、その覚悟はしていた。妻が助かったなら、もう、俺は大丈夫だ」


 笑うフルゴーレ兄様は、変わったようで、変わっていない。

 わたしはただ「そうね」とだけ言って、その場を立ち去るしかできないでいた。


 少し離れた所で振り返った時、兄様は奥さんの肩を抱いて微笑んでいた。


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