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世にも奇妙な『悪辣姫』の物語  作者: 玉響なつめ


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幕間 シンナ・バァルという男

 シンナ・バァルという男は、とある貴族の子息として生きてきた。

 だが彼は望まれた男児ではなかったのである。


 その貴族家の当主が、気まぐれに手を出した平民女性に宿った命……それが、シンナ・バァルだった。

 外聞が悪いということで引き取られた先、家族としては愛されずともそれなり(・・・・)に大切にされた。

 彼の父親という男の他に、その妻、妻との間に息子が二人。それから娘も二人いた。

 義母となった女性は愛こそくれなかったが、少なくとも分け隔てなく末っ子として迎え入れた彼に接してくれた。


 義兄も義姉たちも、少なくともシンナ・バァルにとって敵ではなかった。

 決して、味方とも言えなかったが……少なくとも彼ら家族にとって、共通の敵は父親だったのだ。


 実母については知らない。

 知ろうとも、思わなかった。


 彼は幼少期から天才児であった。

 兄たちと同じように教育を受け、彼らの倍の速度でそれを吸収する。

 姉たちの宝飾品を見て、石の魅力に取り憑かれる人間というものを知った。


 彼は家族のために宝石学を学ぶという名目で、地質学を専攻した。

 末っ子で継がせるものもない子供が学者を目指すには、あまりにも学問の道は金がかかりすぎるから理由が必要だったのだ。


 宝石が人をだめにするわけではないが、だめになる愚かな人間がいるのだと思うと不思議と魅力を感じていたのは事実だ。

 そしてその過程で、鉱石に毒があることを知りその美しさにシンナ・バァルは酔いしれた。

 日々石を掘り、毒を知り、それが彼の評判に繋がった。

 彼はただ、己の欲を満たしていただけだったが、彼が見つけた毒が、毒の理由が誰かの役に立つことによりシンナ・バァルの名は知れ渡ることとなったのだ。


(ああ、つまらない)


 そうなるとありがたいことに金に困らなくなる反面、おべっかを使う者、彼の名声に寄ってきて利用しようと試みる人間が増えてしまった。

 彼らを適当にあしらいすぎては鉱石毒の研究に行き詰まるし、かといって彼らに煩わされることに苛立ちすら覚える、そんな時の話だ。


 一人の優男が彼に声をかけてきた。

 ユルヨ・ヴァッソンと名乗った男には覚えがあった。


(貴族たちが最近持て囃しているという男か。なるほど)


 見れば見るほど美しい(・・・)男だった。

 中性的な美貌というのだろうか、男女問わず男に魅了されるなど不思議なことだと思っていたが、シンナ・バァルのように人間に興味が持てない男から見てもユルヨという男は確かに美しかったのだ。


 そして彼の目が、どこか毒を孕んでいるからこそ、余計に。

 ごくりと、喉を鳴らしてしまったことをシンナ・バァルは忘れない。


『王宮で今、第三、第四王女殿下、そして王太子殿下の教育係を探しているんですよ』


 声も柔らかく、するりと耳に入った。

 なるほど、若いご令嬢ならばこの容姿と相俟ってあっという間にこの男の虜になるに違いないとシンナ・バァルは思ったものだ。


『特に、第四王女殿下はとても教育し甲斐のある方ですよ』


 王宮なんて面倒な場所で、王族なんていう面倒くさい相手を前に教鞭を執るだなんてとんでもない、そう思っていたはずなのに、ユルヨがそういう相手が気になってしまった。


 第三王女はただの子供だ。

 王太子は少しばかり哀れな、頭の良い子供だった。


 そしてユルヨのお気に入り(・・・・・)である第四王女殿下とやらは、ひどくちっぽけで、ボロボロで、似合わない服を着せられて……まるで誰からも目に留めてもらえない、自分が初めて見つけた石のようだと思った。


 誰も見ない、ほったらかしの子供!

 知識を与えればまるで自分と同じように吸収し理解するその頭の良さにもシンナ・バァルは感激した。


 そして毒を与える。

 初めは、ほんの少し。


 苦しみ歪むその顔を見ながら、自分の指先を見せつけて笑ってやった。

 自分と同じ惨めな子供!

 苦しみだけではないはずだ、この毒の有用性にお前は気づくはずだと思いながらその子供にシンナ・バァルは毒を与え続けた。


 自分と同じ色に染まるようにと。

 殺すつもりは毛頭ない。

 ただ、毒がどういうものかを理解させるために自身の体で試させた、それだけの話だ。


 誰も文句は言わない。気づいてすらいない。

 シンナ・バァルにとって、この王宮という場所は広い実験場であり、第四王女は体の良い実験体でもあったのだ。


 彼は決して第四王女を嫌っていたというわけではない。

 大切な実験体だからこそ、大事に扱った。

 だが実験体だからこそ、人間としては見ていなかった。

 それだけの話なのだ。


 しかし彼にとって至福の時間はあっという間に消えた。

 あの王女が訴えかけて、教師を入れ替えることとなったのだ。


(罪に問われるかもしれないな)

 

 だがユルヨは言っていた。

 あの子供の話を、誰一人としてマトモに取り合うことはないと。


 実際、第四王女の教育係でなくなったところで兵士がやってくることもない。

 あの哀れな実験体を連れ出してやれれば良かっただろうかとシンナ・バァルは少しだけ考えた。


 しかしそんな彼の元にユルヨが来て告げる。


「きみのお父さん、きみの毒を利用してたんだってねえ」


「なに……?」


「きみの毒を使ったみたいだ。毒だからバレないとでも思っているのか、浅はかだなあ。きみとは大違いだよね」


「……!?」


 ユルヨの言葉を否定はしない。

 父親は浅はかな男だと、シンナ・バァルはよく知っている。


 だが彼の毒を使ったならば、自分に疑いの目が向けられることは必至だ。

 そしてそれは父親だって知っているはずで、共倒れの可能性、あるいは父親が自分に罪を着せる可能性、それらがシンナ・バァルの頭を過る。


 間違いない、父親は自分を切り捨てるだろう。

 そう結論が出たところで目の前のユルヨが笑みを浮かべる。


「今頃どこかの破落戸(ならずもの)が来ちゃうかもね。ほら、この研究所の衛兵がいなくなってるの、気づいてた?」


「……ッ!!」


「大切な研究材料を持ってかれちゃうかもね。でも大丈夫、逃げられるよう手配をしたよ。まあしばらくは不自由をさせちゃうかもしれないけれど、奪われるよりはましでしょう?」


 甘い言葉に甘い笑み。

 それら全てを信じるわけではないと思いながら、シンナ・バァルはユルヨの手を取った。


(ああ、今更だが)


 ユルヨの綺麗な指先を見て、シンナ・バァルはあの子供の手を思い出していた。

 あの小さな指先を染めたかったのは、自分と同じ所に堕としたかったからなのかもしれない、なんて。


この物語、歪んだ人しか出てこないな……!?

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