第七十二話
アールシュ様たちが手紙を出した翌日、それを見計らったかのように今度はフルゴーレ様が私を訪ねてきた。
隣に、ボサボサ頭で顔半分をマフラーで覆った不審人物を連れて。
その話を聞いてアデラ様はとても複雑な表情をしてらしたけれど、私はとりあえず彼らを応接室に通した。
イザヤとアンナに後ろに控えてもらった。
フルゴーレ様がどの程度ユルヨと関係があるのか、それともないのか。
あるいは他の貴族たちとの関係なのか、それすらも何もわからない状態でいきなり疑わしい目を向けて追い返すのは不自然だ。
アレンデール様がかつて伯父と呼び慕っていたことを考えれば、少なくとも挨拶はきちんとした方が領民に対しても悪い印象は持たれないで済むはずだというイザヤの言葉を採用したものだ。
(私はただ、微笑んで出迎えるだけ……緊張したり、警戒を顔に出してはいけない)
何も知らない小娘とはあちらも思ってはいないだろう、とはいえ多少は世間知らずだと考えられているだろうし、それは間違いでもないのだけれど。
「初めてお目にかかります、辺境伯夫人。自分の名前はフルゴーレ、かつて辺境伯であったベニヌス様の弟となります」
「お名前は伺っております、フルゴーレ様。ようこそおいでくださいました。そちらの方はどなたかしら?」
「……私の、友人……でして」
「……」
もう一人の男性がぺこりと頭だけを小さく下げる。
だが決してマフラーをはずそうとしない。
(どうしようかしら。本来なら私を前に咎めないといけない状況だけれど……)
私はちらりと視線を向けて、イザヤに合図を送った。
イザヤもすぐに意図をくみ取ってくれて、私たちに一歩歩み寄る。
「フルゴーレ様、大変お久しゅうございます。イザヤでございますが覚えておいででしょうか」
「イザヤ……ああ、イザヤ、君か。大きくなったなあ」
「はい。今はこちらで辺境伯補佐の地位をいただいております。懐かしさからご挨拶をさせていただきたくこの場に同席させていただいたのですが……大変失礼ながら、フルゴーレ様のご友人には辺境伯夫人の前ですのでマフラーを外していただくわけには?」
「……彼は、その、諸事情があって顔を出したくないんだ」
「辺境伯家で奥方様の御身を前にそれでは……フルゴーレ様もご存じでしょう」
「そ、それは……」
「いいわ、イザヤ。ありがとう」
「……差し出がましい真似をいたしました」
どうあっても顔を出したくないらしい相手は確かに辺境伯夫人を前に失礼な態度だけれど、フルゴーレ様も譲る気はないようだ。
(……敵意はない、と思うけれど)
私は意識してなるべく綺麗に見えるよう、笑みを浮かべた。
薄く笑みを浮かべる私の姿はきっとそれなりの貴婦人に見えていることだろう。
エアリス様からお墨付きをいただいているし、アンナたち館の侍女が私を磨き上げてくれたのだ。
私はただ堂々と、胸を張ってこの場に立つだけ。
それが私の役目。
「アンナ、お茶を淹れ直してくれるかしら?」
「かしこまりました」
「……それでフルゴーレ様、本日のご用向きはどういったものでしょう。生憎と夫が不在なもので、私が代わりに承りますわ」
「いえ、ずっと、その……ご挨拶できていなかったので」
「まあ、それはどうも」
フルゴーレ様は、見た感じアレンデール様ともアデラ様とも似ておられない。
私は先代も、先々代も絵姿でしか存じ上げないのでなんとも言えないが、どことなく……雰囲気が似ているだろうか?
だがどこか聞いていた話とは違い、おどおどとした様子には違和感を覚えた。
(アレンデール様は黒髪だけれど)
アデラ様は綺麗な紅茶色の髪で、絵姿の先代もそうだった。
フルゴーレ様と先々代は、もっと淡い色だ。
となると、アレンデール様は母親が黒髪だったのだろうか。
(そういえば、アレン様のご両親については消息不明なのよね……)
今更両親に会いたいとは思わない、そうアレン様が言っていたことをぼんやりと思い出しながら私はフルゴーレ様を見る。
どこか落ち窪んだ目、やつれた容姿、疲れているであろうとわかる雰囲気。
着ている物はそれなりの質ではあるものの、どこかくたびれている感もある。
確かにそれは、生活が苦しいから切羽詰まった暮らしをしていると言われればなるほどと思う風体だった。
(でも、なんだろう。何かがちぐはぐなんだわ)
それがわからなくて、私は自分のお茶に手を伸ばす為に視線を下に落とした。
そしてふと目に入った、フルゴーレ様の友人の指先を見て、私はハッとする。
「……あなた、もしかして……シンナ・バァルなの?」
何故かこれを書いて「あなたトトロっていうのね!?」が出てきました。




