第六十七話
時折、親しくもない貴族たちから挨拶のように茶会の招待状が届くようになった。
その度にエアリス様が私の教育係という名目で、対応してくれる。
(……妊娠したら、本当にこういう生活になるのかしら?)
まるで、真綿で包まれているようだ。
実際にはもう少しだけ、ピリピリした空気も漂っているけれど。
どんなに邪険に扱われていた事実があろうとも、私がパトレイア王家の血を引くのは事実。
それゆえに私に子ができればその子は王家の血筋なのだ。
兄も姉もいるのだから王位継承権が与えられるかは微妙なところではあるが、ディノス国にとっても手札の一つになることは間違いない。
そのことを考えれば、モレル領周辺の貴族たちが探りを入れてくるのも当然といえば当然で、あまり権力を手にしてほしくない連中や逆に擦り寄りたい者たちがたくさんいるのだとアンナが言っていた。
(今はまだ、ただのかもしれないという疑惑だけれど)
本当に子がいたら、もっと気をつけなければならないことも増えるのだろうか。
ただ幸せというわけにはいかないのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えながら過ごしていると、アンナが私の元に難しい顔をしてやってきた。
といっても彼女はあまり表情に変化がなくて、今日は目が厳しい感じだなとかその程度なんだけど……。
「どうしたの、アンナ」
「……アレンデール様の伯母である、アデラ様がおいでなのですが」
「アレン様が不在だとお伝えした?」
「はい。……奥様に、一度ご挨拶をと」
「……」
アレンデール様と私が結婚した頃には、すでに別の領地にいるという商人の元へ嫁がれた先代領主の妹。
結婚した際にはお祝いのカードと贈り物をしてくださって、政略結婚であるアレンデール様を気遣ってくれた人だということしか知らない。
だが元々貴族だった女性が、先触れもなしに訪れるものだろうか。
そも一介の平民が、辺境伯の親戚だからと約束もなしに訪れること自体おかしな話だ。
その上で挨拶をしたいと申し出るのも、不自然極まりない。
しかしアレンデール様はかつて伯父や伯母によくしてもらっていたと言っていたことを考えると無下にはできない。
「……いいわ、サロンにお通しして。ご挨拶はしておくべきね」
「かしこまりました」
「アンナ、同じ部屋にいてくれる?」
「勿論です」
この選択は正しくないのだろう、貴族夫人としても現在の状況としても。
だけれど私は、これがいっそ罠であってくれたらいいと思ったのだ。
(今なら、まだ、……きっと)
私はただ、アレン様が傷つかなくて済むように終えたかった。
それだけの気持ちで突き進んでいるのだと自覚して、笑みがこぼれたのだった。




