9. 公爵様と心配事
日差しがポカポカと暖かい午後、書類渦巻く執務室、レイーシアは必死に戦っていた。―眠気と。
新しく覚えなければならないことや、剣の鍛錬など、やることが多く、レイーシアは完全にキャパオーバーしていた。思考がまとまらず、ふわふわとする。
(ね…眠い……でも仕事中!)
頭がふらふらと揺れ、瞼の上に重い何かがのしかかっているように思える。
心地良い鳥の声と柔かな日差しというダブルコンボによって、レイーシアは半分夢の中だ。
ちらりとシルヴィオを見ると、相変わらずの無表情でペンをサラサラと動かしている。
(綺麗な顔だなぁ。伏せたまつげすごく長いし…かっこぃーなぁー)
レイーシアの思考が徐々に薄れていく。
(もっとなーよくなりたい……やふにたち……)
すやぁ〜、と眠気に敗北したレイーシアは気持ちよさそうに眠りはじめる。
シルヴィオはヴィアンを横目で見やる。ヴィアンは机の上に顔を横向きにのせ、すやすやと眠っていた。
シルヴィオは立ち上がり、ヴィアンの側に近づく起こそうと手を伸ばしかけ、やめる。
ヴィアンは朝からひどい顔だったのだ。目の下には濃い隈をつくり、ふらふらとしており、明らかに具合が悪そうだった。
珍しく他人が心配になったのだ。いつも鬱陶しいほどに元気に振る舞うヴィアンが辛そうにしていることが。
はぁ、と軽く溜息を尽き起こさないようにゆっくりと抱き上げる。
(部屋まで運んでやるか…)
シルヴィオはそのままヴィアンの部屋まで歩くが……
(軽すぎないか……?)
あまりの軽さに驚いてしまう。ヴィアンの顔を見ると、陶器のようになめらかな頬が青白く感じ、少し胸が痛む。
(俺が仕事を振りすぎたせいだろうか)
ふと目に入ったヴィアンのその細い手は剣だこだらけだった。
ヴィアンは最初は頼りなく思っていた。騎士としても、補佐役としてもだ。柔かな物腰に無邪気そうな笑みを浮かべている様は、とても騎士には見えず、むしろどこかの王子のようですらあった。
だが、最近では、仕事は速く覚えも良いため、どこか当てにしてしまっていた。
それとも、いつも変わらないあの態度と、クルクルと変わるあの表情に絆され、甘えていたのかもしれない。
ヴィアンの部屋に付き、ほんの一瞬躊躇ってから、扉を開き……驚いた。
―部屋には、大量の書物が置かれていた。
思わずその量に圧倒される。
狭い部屋に高く積み上がった本の内容は様々だ。
―法規入門編
―騎士の心得
―レザリア家の成り立ち
―体術初級
だが、その書物らの内容は一貫して仕事に関係するものだった。
(これのせいなのか……?)
甘い環境にいたからこそ、あんなふうに笑っていられるのだと、そう、思っていた。
何も知らなかった。
無理をしているのではないか。
自分が、 出来ない仕事を無理にさせていたのではないか。
顔色が悪くなってきたとき、すぐに休ませるべきだったのではないか。
シルヴィオはそんな思いにかられた。
そして、ヴィアンに罪悪感と痛みを覚える自分に驚いていた。
(違う、これはヴィアンが勝手にやったことで…)
そんな思いも言い訳がましく思える。
部下の体調管理に気を配るのも、休ませるのも自分がやるべきだ。結果、ヴィアンが倒れた。
もし、ヴィアンがいなくなったら、そう考えると胸が痛くなる。
特別に思っている。
(違う、これは、いくら忙しいとはいえ、子供に、あるいは仔犬に、無理を強いた己に対する苛立ちのようなものだ)
シルヴィオはレイーシアをそっとベットに寝かせると静かにつぶやいた。
「休んで…くれ…」