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Coda1. 夢と現実

 レイーシアとシルヴィオが正式に婚約することになった。

 (良かったわ)

 アスタリアは心の底から安堵し、嬉しく思った。穏やかな心地に包まれる。

 同時にアスタリアはあることを思い出していた。

 レイーシアがシルヴィオの所に男装して行くずっと前のことだ。


 アスタリアは夢を見た。長い夢だった。

 ただ、起きてから考えるとそれは、夢だったのか、それとも過去の記憶だったのか分からなかった。






 夢の始まりは、ある晴れた日だった。アスタリアがカルミアン邸に行ったとき、レイーシアから相談を受けたところからだ。

 ――お姉様、私は今まで屋敷にこもりきりでした。でも、それではいけないと思うんです。兄のためにも、少しでも自分が役に立てるようになりたいんです、と。


 そんなふうに考えていたレイーシアにとって、アスタリアがシルヴィオ・レザリアから求婚されているという話は、非常に、興味深いものだったのだろう。


 ――荒れた領地

 ――優秀だと言われていた公爵の突然の死

 ――シルヴィオ・レザリアの急な帝国からの帰還


 怪しい情報やアスタリアの後押しもあり、レイーシアは、女性嫌いと聞くシルヴィオ・レザリアのもとに男装して潜入することにしたのだ。


 レイーシアが心配だったアスタリアはこまめに手紙で連絡を取るということをレイーシアに言い聞かせた。


 手紙では、レイーシアの様子が細かく記されていた。


 ――シルヴィオに仕事を手伝わせてもらえるようになったこと

 ――荒れていた領地は、前侯爵の急死と手腕に原因があること

 ――メイドの少女と仲良くなったこと

 ――シルヴィオは実はとてもいい人だと思うということ


 アスタリアは、レイーシアの淡い恋心を感じつつ、手紙を楽しんで読んでいた。


 そして、潜入し始めてから、2週間程たった頃、一通の手紙が届いた。それは、シルヴィオの友人であるケインリッヒ・アルヴェルが屋敷に来たというものだった。


 そして、ケインリッヒから求婚されたという手紙が届いた。何故かわからないが、気に入られてしまったらしい。


 屋敷に来たケインリッヒは、シルヴィオに王国と帝国の間で問題となっている盗賊を罠にはめ壊滅させるという話を持ってきたらしい。


 ――そこで急に、手紙が途絶えた。




 心配になったアスタリアは、自分が一番信頼していた従者であるセルビンを送ったのだ。

 セルビンからの情報により、アスタリアは、手紙が読まれてしまい、レイーシアの正体などがバレてしまったことを知った。


 そして、丁度シルヴィオは両国を悩ませていた盗賊を壊滅に追い込んだことも。

 しかし、シルヴィオの私兵は甚大な被害を受けていた。

国境を超え、帝国に入ったあたりのところで、盗賊に前と後から挟まれてしまったらしい。


 疲弊して帰ったシルヴィオはレイーシアを屋敷から追い出した。




帰ってきたレイーシアはとても傷ついた様子だった。


 ――シルヴィオ様は、私が信用できないとおっしゃっていました。……当然、ですよね。私は、シルヴィオ様のこと騙してたんですから……


 そう言ってレイーシアは笑っていた。想いを寄せていた相手に信じてもらえなかったことは、レイーシアにとって大きな悲しみだったのだろう。

 それでも、気丈に振る舞おうとするレイーシアにアスタリアは心を痛めた。


 そんなときだ、レイーシアに婚約の話が舞い込んできた。あいては、ケインリッヒ・アルヴェルだった。今度は正式なはなしであり、カルミアン家とアルヴェル家の婚約は、歓迎されるものだった。


 家のため、兄のために少しでも自分が役に立ちたい。そんな思いを持っていたレイーシアはこの婚約に即決したのだ。

 アスタリアは当然引き止めた。未だに傷心のレイーシアが、これ以上傷付くようなことをしてほしくなかったからだ。


 ――私は、大丈夫です!これで、帝国と王国の関係が少しでも良くなるといいですね。……お姉様、心配しなくとも、しっかりとアルヴェル家の夫人として役目をこなします!


 アスタリアの引き止めたも虚しく、レイーシアはにっこりと笑うと帝国に向かった。


 だが、アスタリアはまだ諦めきれなかった。

 (セルビンの話では、シルヴィオもレイーシアのことを未だに悩んでいるみたいだし……)


 けれど、そんな考えに意味はなかった。


 レイーシアの()によって。



 帝国に向かう途中、レイーシアの馬車が襲われたのだ。襲ったのは、シリクス・ライントという子爵の手のものらしい。

 シリクス・ライントは、どうやらシルヴィオが壊滅に追いやった盗賊団と繋がりを持っていたようだ。まだ、その残党、あるいは新しく流れてきた無法者により、()()()()()()

通りかかった馬車が襲われた。


 ――それが、レイーシアの乗っていた馬車だった。




 にも関わらず、その貴族へ皇帝が下した処罰は甘いものだった。


 皇帝にハラルドは猛然と抗議した。だが、それに助勢したのはアルヴェル家のみだった。


 そして、それに対し皇帝が選んだのは、戦争だった。


 アスタリアは窓を開けて考え込む。雲に覆われた空は、まるで自分の心のようだった。

 (きっと、最初から、こうするつもりだったのね……)


 レイーシアの顔が浮かぶ。自分がもっと強く引き止めていれば、助かっていたのかもしれない。そう思わずにはいられなかった。心に暗いものがのしかかる。


 戦争になってしまった。自分は王女だ。なら役目は果たさなければならない。レイーシアのことをいつまでも引きずるわけにはいかない。




 不意に、背中を熱く感じた。


 「――ゴホッ!」


 口から大量の血を吐く。手足の感覚がなくなり、体が重力に従い、ゆっくりと倒れる。


 ドサッ、と自分が倒れる音すら、どこか遠くに聞こえる。


 意識が薄れていく。


 (暗殺……迂闊だった……)


 消えていく。







 その瞬間、アスタリアは飛び起きた。

 はっ、はっ、っと荒い呼吸を繰り返す。

 朝日が眩しい。穏やかな空気がアスタリアを一旦落ち着かせる。


 おかしい。確かに現実だったはずだ。あの苦しみ、あの痛み、全て現実のはずだ。

 ――なのに何故、自分は生きている?

 ――全て、夢だった?




 アスタリアが呆然としている間に、いつものようにアスタリアつきのメイドがやってくる。


 「おはようございます、アスタリア様。起床のお時間にございます」

 「え、ええ。おはよう」


 そう、いつもと同じだった。

 服を着替え、化粧台の前に座る。


 アスタリアは混乱を押し止め、平静を装う。

 だが、それも上手くいかなかった。


 「今日のご予定ですが、午前中にレイーシア様がいらっしゃり、午後からは、レイネス卿との式典の打ち合わせが――」

 「まって!レイーシア……?レイーシア、が?……くる?」

 「はっ、はい。午前中にいらっしゃると聞いていましたが……?」


 メイドの戸惑った様子が伝わってくるが、アスタリアはそれどころではなかった。


 (な……んで。……レイーシアは……死んで……)

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