28. 公爵様は知りたがる
シルヴィオは、人混みに紛れて離れていく綺麗な金髪の頭を見つけ、急いで追いかけた。
「ヴィアン!」
呼び止めて、手を引っ張る。
金色の髪をなびかせながらゆっくり振り返る姿を見たとき、シルヴィオは違和感を感じた。緑の瞳が、いつもよりも濃い色に見える。見た目は確かにヴィアンのはずなのに、どうしてもそう言えないような、そんな気がする。
「っ………」
シルヴィオが、その違和感に思わず言葉に詰まっていると、ヴィアンが口を開いた。
「どうかいたしましたか?シルヴィオ様?」
ハラルドは未だにからかい続けるアスタリアをウンザリとした気持ちで見ていた。
「――だから、ヴィアンていうのはレイーシアのことで、貴方と勘違いしていたのよ。……ふふっ」
「リア。それは、もう何度も聞いたから、いい加減からかうのはよしてくれないか?いきなり剣を抜かれたら、誰だって慌てるだろう」
確かに、自分から見ても自分とレイーシアはよく似ている。レイーシアが、ドレスを脱ぎ、髪を短くし、胸を潰せば、自分とそっくりだ。
見に覚えのないことを言われたら、勘違いされていると思ったほうがいいのかもしれない。
そんな事をぼんやりと考えていて、思い付く。
自分もレイーシアのふりをすればいいのではないか、と。
ターゲットは、シルヴィオ・レザリアだ。
今ハラルドがここに来ているのは、アスタリアがおしているシルヴィオ・レザリアが、レイーシアに相応しいか見に来るためでもある。その試金石にも丁度いい。
今回の件、前回の件と続けて、勘違いされっぱなしだ。(なら、次回くらい自分で勘違いされにいくか)
アスタリアにそのことを話すと、複雑な表情を浮かべたていた。
「リア、どうしたんだい?リアが嫌なら――」
「大丈夫よ!逆にそちらのほうがいいこともあるかもしれないわね……それより、後でちゃんと私と祭りをまわってね」
アスタリアが頬を膨らませながら拗ねたような調子でそういった。
ハラルドはそんな様子を可愛らしく思い軽く笑いながら答える。
「分かったよ。ありがとう」
「なら、私は先にレイーシアの所に行っているわね」
アスタリアはそう言って離れていった。
「どうかいたしましたか?シルヴィオ様?」
「いや、なんでもない。気の所為だったようだ」
二人で歩き出す。通りでは、右側にも左側にも沢山の屋台がある。チーズや、肉の焼ける美味しそうな匂いが漂ってくる。
何気なく、ヴィアンがシルヴィオに尋ねた。
「あの、シルヴィオ様。シルヴィオ様は、この領地を、この領民たちのことを、大切に思っていらっしゃるんでしすか?」
「ああ、大切になったな。前は、そうでもなかったはずなんだが」
初めは何も思っていなかった。幼い頃は、自分の領地や領民である実感がなかった。成長してからも、ほとんどの間、帝国に留学していたため、自分の領地を気にすることはなかった。
だが、父が亡くなり、突然自分に回された領地と領民の管理をヴィアンと必死にやっているうちに自然と愛着が湧いてきたのだ。
そのときはじめて、シルヴィオは自分の領地と領民を認識し、自分の大切なものの一つであると言えるようになった。
ヴィアンの顔から表情が失せ、正面に周り込み、シルヴィオを真っ直ぐ見据えながら問う。
「なら、僕は、どうでしょうか?」
突然の質問に少し焦る。周りの雑音が、やけに遠く聞こえる。変わりに、自分の僅かな呼吸音や、心臓の音が大きく聞こえてくる気がする。
シルヴィオはどう答えるべきか逡巡し、あれこれ考え、諦めた。
何をどう伝えたらいいのかわからないのだ。自分の気持ちをそのまま伝えるのが、結局一番いいように思えた。
シルヴィオは、ゆっくりと口を開く。
「初めは……怪しんでいた。それに、本当に仕事をこなすのかも訝しんでいたな。厳しく接していれば、いずれ音を上げて出ていくとも思っていた。しかし、今は、お前のことを信用している。それに、大切だと、思っている。だが――」
シルヴィオはそこで、一度言葉を切り、悩む。
言うべきなのか、言わないべきなのか、という疑問。言ってしまえば、ヴィアンは離れてしまうのではないか、という不安から。
「だが――?なんですか?」
「何か、隠して、いないか……?俺は、お前の、ことを信用している。だからこそ、ここまで待った。お前のことが大切だからこそ、知りたいんだ。……教えてくれないか?何を、隠しているのか……」
シルヴィオは懇願とも言える言葉とともに、じっとヴィアンを見つめる。
「それは――」
ヴィアンが何か言おうとしたのを、シルヴィオはそれを遮りながら訊く。
「それからもう一つ。――お前は誰だ?」
二人の視線が交差し軽く睨み合う。
「耳、少し形が違う。瞳もだ。目の色がヴィアンより少し濃いな。一人称も違う。話し方も少し変だ」
「はぁ。ここで私が邪魔をするのも、間違っているか……」
突然、ヴィアンがため息を付き、何事か呟いた。シルヴィオを見るヴィアンの瞳に、何故か、恨みのようなものが混じっているように感じられる。
相手には、最早隠す気がないように感じる。
「はじめまして――」