16. 公爵様と苛立ち
明日の早朝、シルヴィオは王都へ発つ予定なのだが、今日のシルヴィオは、不機嫌だ。いや、昨日と今日だろう。レイーシアにもまるわかりなほど苛立っている。
シルヴィオは、仏頂面に拍車がかかり、ピリピリとした空気を放っている。
「ヴィアンちゃん。今日の昼から空いてる?」
ケインリッヒが軽い様子で訊く。シルヴィオがそんなケインリッヒをギロリと睨が、ケインリッヒは特に気にせずに続ける。
「一緒に街の方にデートにいかない?」
レイーシアがなにか言う前に、シルヴィオが答えた。
「生憎だが、ヴィアンは今日は空いていない」
「シルヴィオに聞いてるわけじゃないんだけどなー」
無邪気そうにニコニコと笑うケインリッヒ。睨みを効かせ、冷気を出すシルヴィオ。
昨日からずっとこんな調子なのだ。
(シルヴィオ様は何で怒っているんだろう?それに、ケインリッヒさんも、あれからあの話はしてないし……)
レイーシアがいろいろと考えながら、黙々と仕事をしていると、唐突に隣の椅子に座ったケインリッヒの手が、レイーシアの方にまわる。そのままぐっと引き寄せられ、戸惑ってしまう。
「あの……ケインリッ――」
「ヴィアンに馴れ馴れしくするな」
シルヴィオが怖いくらい平坦な低い声を出す。
対するケインリッヒは、シルヴィオの声など聞こえていないとばかりにレイーシアに話しかける。
「別に、ヴィアンちゃんは嫌じゃないよね」
「えっと…」
(なんだか、シルヴィオ様も怒っているみたいだし、離してほしいんだけど…)
ケインリッヒが笑顔で圧をかけながら言った。
「男同士だし、別にいいよね!」
「そう、ですね」
そう言われれば、了承するしかない。
(男同士はこんな感じなのかなぁ?)
シルヴィオの視線にさらに苛立ちが混じる。
ケインリッヒがそれに気づいていないかのようにレイーシアの頭を撫で始めた。
(前にセルビンさんにも撫でられたし、撫でやすい頭なのかも…)
「ケインリッヒ」
シルヴィオが、険のある声でケインリッヒを呼びながら立ち上がる。
「どうしたの?シルヴィオ。あー、撫で心地いいなー。シルヴィオも撫でたいのなら撫でればいいのにー」
シルヴィオはケインリッヒを一睨みすると、部屋から出ていった。部屋の中が静まる。
「放っといていいよ」
レイーシアがどうするか迷っていると、ケインリッヒが投げやりな様子で言った。
「こんなんじゃ、誰かにとられるんじゃないかなー?でも、このジレジレ感を間近で見れるっていうのは面白いね」
ケインリッヒがニヤニヤと笑っている。