15. 訪問者と公爵令嬢
早朝、まだ太陽は出ておらず、薄暗い朝、レイーシアは探しものをしていた。
(どうしよう……)
レイーシアの男装道具である、ヴィッグとサラシがないのだ。
昨日は遅くまで、部屋で勉強していた。その時はまだ男装状態だったはずだが……。
(まさか寝ぼけてどこかで脱いだりとか………)
全く見つかりそうにないため、部屋の外にあるのかもしれない、と思う。
レイーシアはゆっくりと、部屋を開け、そっと外を伺う。誰もいないのを確認して、久々にレイーシアの姿のまま、部屋の外に出る。
(よし!まだコレッタたちも起きていないみたいだから、今のうちに、探して――)
その時、トン、と後ろから肩に手を置かれた。
レイーシアは凍りついた。
(どうしよう、いっそ全然知らない人のふりをする?はしってにげれば……)
背後から陽気な声が聞こえる。
「おはよう。レイーシアちゃん」
振り返ると、ケインリッヒが楽しげに笑っている。ケインリッヒはレイーシアの正体を知っているので、他の人に見つかるよりはいい。
「おはよう、ございます。どうし、て?昨日帰ったのでは…?」
レイーシアはかろうじて言葉を返した。
「週末まで滞在することにしたんだ。まぁ、とりあえず、僕の部屋に来ない?話がしたいんだけど」
レイーシアは一瞬迷うが、ここで話をしていて、誰かに見られる方が不味いと思い、ケインリッヒと一緒に部屋へ向かった。
ケインリッヒに当てられている部屋はシンプルだが広く、高価そうな調度品の置かれた部屋だ。
「あの………私のヴィッグとかをしりませんか?」
「知ってる知ってる。でも、その前に話に付き合ってもらおうと思って」
ケインリッヒの目がレイーシアをとらえる。まるで天敵に睨まれたかのように、動けなくなる。
「協力して欲しいなーと思って」
「協力……ですか?」
「うん、協力。鬱陶しい貴族を潰して、ついでにラインリッヒ王国とレビリオス帝国の仲を良くするっていうゲームのね」
それなら―
「分かりました。協力します。両国の仲が良くなるのはいいことですし」
その時、突然、ケインリッヒの顔が真顔になり、瞳に暗い色が混じる。
「ふーん、シルヴィオが気に入ってるみたいだからもっと面白いと思ってたんだけど……。期待外れだ」
「えっと……?」
レイーシアは、ケインリッヒの突然の変貌に戸惑う。
「両国が仲良くなるのは、いい事かな?」
苛立ったような顔をしたケインリッヒがゆっくりと近づいてくる。
「いい事、だと思いますが………」
詰められた分後にじりじりと下がりつつ答える。
トン、と背中が壁に当たる。
「どんないいことがあんの?」
ケインリッヒの右手がレイーシアの肩を壁に押し付け、左手が顔の横のかべにつく。
「えっと………」
(急に言われても、思いつかない……)
レイーシアが、たじたじになりつつ答えを探すが、見つからない。
「でもさっき、貴方だって両国間を仲良くさせると―」
「それはついで。それが目的みたいに言われるとムカつくんだよね。で、ないの?」
ケインリッヒが笑った。いつもと違って獰猛な笑みだ。
さらに身を寄せられ、瞳をじっと覗き込まれる。ケインリッヒの黒く濁った茶色い瞳が獲物を狙うがごとくレイーシアを見る。
ケインリッヒの態度に、さらに焦り、つい口に出してしまう。
「―紅茶」
「へっ?」
ケインリッヒが不意をつかれ、間の抜けた顔をする。
(言ってしまったからには………言うしかない………)
「紅茶が、美味しいんです。レビリオス帝国は。両国の仲が悪くなったら、紅茶が飲めなくなっちゃいます!」
(言ってしまった…)
いくら思いつかず焦っていたとはいえ、あまりにもな回答だろう。
「くっ、ハッハハ。本気でいってる?フフッ、紅茶、って」
ケインリッヒが身を上げて、笑い出す。そのままレイーシアが退屈するほど十分に笑い、言った。
「君みたいな、真面目ないい子ちゃんがそんなこと言うなんてね。さっきのは取り消すよ。やっぱり面白かったわ」
「だって、あのエスグレイという紅茶なんて、アップルパイにピッタリで……」
レイーシアは笑われたのが悔しくなり、言い訳する。
「いいよいいよ。紅茶ね、紅茶。そんなに紅茶にご嫉心だったなんて。フッ、ハハ、今度上げるからね〜」
からかわれたレイーシアはムッとしていると、ケインリッヒが軽い調子で言った。
「レイーシアちゃん、俺と結婚しない?」
「ふぁ?」
不意打ちすぎて変な声が出る。
「男装して、シルヴィオの従者やってるだけでも十分面白いのに、他に見ないほどの紅茶好き(笑)だもん。シルヴィオの事もからかえるし、面白いからね」
「だから結婚、は早いね。じゃあ、婚約からで、どう?」
レイーシアが突然のプロポーズに混乱していると、
「あの……?」
背後の扉のところに、コレッタがいた。