13. 従騎士と訪問者
それは、急ぎの仕事が終わり、シルヴィオが領地の視察に行っている夜のことだった。
レイーシアは、目の前でコレッタがやけに慌てているのを見て、声をかけた。
「どうしたの、コレッタ。大丈夫?」
「ヴィアンさん!どうしましょう?シルヴィオ様のご友人だとおっしゃる方がいらっしゃったのですが……」
レイーシアは、来客すらも珍しいこの屋敷で、シルヴィオの友人が来たことに驚く。
(コレッタが慌てているのは、シルヴィオ様がいないからかな?)
「シルヴィオ様はもうすぐ帰ってこられると思うけど、取り敢えず私がでるよ。応接室にいるのかな?」
「は、はい。ありがとうございます。お茶とお菓子はお出ししたので、後はよろしくお願いします」
レイーシアは応接室に向かう。少しの間なら、自分が相手をしても問題ないだろうと思い。
レイーシアは応接室の前でそっと深呼吸をしてから扉を開ける。
中にいたのは、シルヴィオと同じくらいの年齢の青年だ。クリーム色の髪と、紅茶のような明るい茶色の瞳をしており、非常に整った顔立ちだ。
顔には人懐っこい笑みを浮かべている。
机のアップルパイを美味しそうに食べている。
「失礼します。私はシルヴィオ様の従騎士のヴィアンと申します。シルヴィオ様は只今、外出中なのですが、ご要件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「今日はまあ、遊びに来たみたいなものかな。僕はケインリッヒ・アルヴェル、よろしくね」
ケインリッヒの口元は微笑んでいるが、目はヴィアンを観察するようにじっと見られており、少したじろいてしまう。
(アルヴェル家……。確か、ラインリッヒ王国と、隣国のレビリオス帝国の間の大きい交易路を担う公爵家だったはず。この人……少し怖いかも……)
レイーシアがそこまで考えていたとき、ケインリッヒが突然、楽しそうに嗤った。
「ふ〜ん、君は……レイーシア・カルミアン……かな?」
「――ッッ!」
(えっ!何で!この人には、あったこともないはずなのに!)
「……………………」
取り繕おうと口を開くが、動揺のせいか何も考えられず、頭が真っ白になる。
対するケインリッヒは、余裕の笑みだ。動揺するレイーシアを楽しそうに見ている。
「なんでって顔してるね。簡単だよ、数日前にもおんなじ顔の人物に会ったんだよ」
レイーシアは意味が分からず首をひねるが、ケインリッヒは面白そうに笑っている。
「ハラルド・カルミアン。君のお兄さんにね」
その時に笑った顔は、レイーシアに、アスタリアが新しいおもちゃを見つけたときに浮かべる笑みを思い起こさせた。
(お兄様とこの方に接点なんて……)
「どうし……っあ!」
そう、ハラルドは少し前から、隣国のレビリオスに外交交渉に行っているのだ。
そしてアルヴェル家は、隣国と本国の交易の中心地だ。外交交渉の場は、アルヴェル家だったのだろう。つまり
(恐らくそこで会って―)
「分かったみたいだね。ところでだけど……シルヴィオは君の正体について知ってるの?」
「――知らないです」
レイーシアは一瞬言葉に詰まる。
―バラされてしまうのだろうか。
(せめて、自分で伝えて、謝りたい)
「あの…内緒にして、もらえま、せんか……?」
無理、だろう。どういった理由であれ、レイーシアはシルヴィオに身分や、性別、名前、沢山の嘘をついている。
(分かっているけど…私は――)
「いいよ」
「え……」
あっさりとした返答に驚き、戸惑ってしまう。
「な…んで?」
「いや〜、ね!やっぱり内緒のほうがおもしろいかな〜って」
ケインリッヒはヘラヘラと笑いながら答える。
(アスタリア様と同じタイプの……?いえ、この人は……ちょっと怖い)
その時、部屋にノックの音が響く。
「どーぞ」
ケインリッヒが応えると、シルヴィオが疲れた表情で入ってくる。
「はぁ……お前か」
「久しぶりだね、シルヴィオ。会いたかったよ」
シルヴィオはレイーシアをちらりと見ると、
「ヴィアン、お前はもういいぞ。こんな奴の相手は、疲れるからな」
レイーシアに退出を促した。
それに従って退出しようとしたとき、ケインリッヒがレイーシアの方を向き、唇に人差し指を当て、軽くウィンクした。
シルヴィオが二人を訝しげに見るが、気にせずに退出する。
(はぁ……大丈夫かなぁ…)