11. 公爵令嬢と欺瞞
目に涙が溜まり、ポロポロと溢れ始める。レイーシアは慌てて涙を拭うが、シルヴィオに見られてしまった。
シルヴィオが驚いた顔をする。
「泣いて…いるのか…?」
「いえ、こ…れは」
慌てて止めようとするが、涙は次々と溢れてくる。
「なんで泣いてるんだ…?」
「ちが、うんです」
レイーシアは一度部屋から出て落ち着こうと扉へ向かうが、シルヴィオがレイーシアの腕を引く。
「ヴィアン!待ってくれ」
シルヴィオが切羽詰まった声でレイーシアを引き止める。レイーシアはシルヴィオに涙を見られないように顔を伏せる。
「俺の…せいか…?」
「えっ…?」
思いがけない言葉に思わず驚きの声をあげてしまう。
「俺のせいで…泣いているのか?」
ひどく真剣な声で問われ、心臓が跳ねる。
「違います。私が、失敗したから、解雇されると、おもって…ごめん、なさい」
「解雇…何故……?」
少し驚いた様子が感じられ、戸惑ってしまう。
「だって、昨日だって、寝ちゃったし……いつも、失敗ばかり、してるし、シルヴィオ様は仕事くれなくなっちゃうし……」
話していると、また涙が流れるのを感じる。
(やっぱり、こんなんじゃ、駄目だ……)
その時、
シルヴィオの手がレイーシアの目尻に触れ、そのまま涙を優しく拭う。
呆然としていたレイーシアを引き寄せ、抱きとめる。レイーシアの小さな体が、シルヴィオの胸の中にすっぽりとおさまる。驚いて涙が止まる。
混乱していたものの、シルヴィオの胸の中は温かく、次第に落ち着いていく。
「何を勘違いしているのかは分からないが、俺はお前を解雇するつもりも、昨日の事を咎めるつもりもない。むしろ、謝らなければならないのは俺の方だ、すまなかった」
レイーシアは混乱が積み重なったせいか、声を失う。
(なんで、シルヴィオ様が、謝っているの…?)
シルヴィオは尚も落ち着いた声で続ける。
「お前が無理をしている事も気づいてはいた。お前がそこまで思い詰めているとは思っていなかったが…」
レイーシアは、その低い声に惹き寄せられるように聞き入る。
「仕事を減らしたのは、お前の負担を減らすためだ。むしろ、頼りにしている」
「ヴィアン」
突然名前を呼ばれ、一瞬、今自分の名前がヴィアンであったことを思い出す。
「はっ、い」
「お前が望む限り、俺はお前を雇い続ける。約束しよう」
レイーシアの中に様々な感情が生まれる。
――自分にそこまで言ってくれる喜び
――まだここに居られる嬉しさ
そして、
――そんなシルヴィオを騙していることに対する申し訳無さ
今自分は公爵令嬢のレイーシアではない、子爵家次男のヴィアンなのだ。先程名前を呼ばれたとき、気づいてしまったのだ、皆が見ているのはヴィアンだ。でも、自分はレイーシアなのだ。心にぽっかりと、大きな穴が空いたように感じた。
(わから…ない…)
だが、今は笑う。シルヴィオの役立てることを、もう少しここに居られる事を願って。
「ありがとうございます。シルヴィオ様」