10. 勘違いとすれ違い
(寝坊したーー!)
昨日執務室で寝てしまい、今日は寝坊、流石に怒られてしまうのではないか、と思いつつ、レイーシアは急いで支度をする。
(昨日男装したままの状態で寝かされていたから、多分バレてはいない。でも、もしかして、シルヴィオ様が運んでくださった………?)
思考がそこまで行き着いたとき、レイーシアは一旦フリーズする。主に2つの感情によってだ。
1つ目は、堪えきれない恥ずかしさで。
(部屋に、入って……。うっ、それより、寝顔を見られて……)
2つ目は、シルヴィオに失望されたのではないか、呆れられたのではないか、という思いで。
(それは……嫌だ)
これはレイーシアの感情によるものだ。ここに来てからほぼシルヴィオと一緒にいて、シルヴィオはアスタリアに害を及ぼすようには思えなかったのだ。
半分以上はアスタリアの遊びであったとはいえ、一応、シルヴィオを調べるという目的は達成している。
(だからこれは私の気持ち……。最近は少し打ち解けてきたと思うから、また距離ができるのは……)
執務室の扉の前に辿り着く。
レイーシアは不安な気持ちを押し殺し、扉を開ける。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
シルヴィオは、ちらりとレイーシアを見たあと普段と変わらない声色で答えた。取り敢えずあからさまに怒っているわけでは無さそうだ。少しほっとする。
「これが今日のぶんだ」
目の前に差し出された書類を受け取り、驚く。
「これが今日の分ですか…?少ないと思うんですが……」
「お前はそれだけでいい」
そう、レイーシアに渡された分は昨日までと比べると、大幅に少なくなっていた。
勿論これは、昨日の出来事に反省したシルヴィオがレイーシアに配慮し少なめに渡したのだが、レイーシアには、
(し、信用が落ちた……)
としか思えなかった。
(でも、これから頑張れば!)
何とか前向きにレイーシアが考えていると、説明不足だったか、と思ったシルヴィオが付け足しておく。
「昨日の事があったからな」
「そう…ですよね」
(もしかして、凄く怒ってる…?)
不安になったレイーシアは最早涙目だ。
一方で、シルヴィオは迷っていた。
(昨日の件で謝ったほうがいいのか…?)
今見た限り、ヴィアンは元気な様子で安心した。そして、謝ったほうがいいのではないかと思っていた。
昨夜から考え、無理をさせていたことは、仕事が出来ない事に強く当たりすぎたからではないか、と思ったからだ。
それに、ヴィアンを侮っていたことも謝るびきではないか、と。
所詮、甘い家庭で守られて育ち、無理をしていなかったからこそあんなに無邪気であり、最初は、ロクに勉強もしてこなかったのだと思っていた。
日に日に増えていく剣だこを見て、ここに来て多少の努力くらいはしているのだろう、とは思っていたが…。
(多少……どころでもなかったな……)
もう少し、認めるべきだった。
色々と考えるが、結局自分が何に悩んでいるのかは分かっていた。
(いつ、どうやって、謝ったらいいんだ……?)
元々、他人と関わることが少なく、謝るような機会のなかったシルヴィオにとって、非常に深刻な悩みだった。
仕事を始め、余計に謝りづらくなったことに顔をしかめてしまう。
(顔……しかめてる…。やっぱり……おこってますよね……)
レイーシアは、シルヴィオの悩ましげにしかめた顔を見て、シルヴィオの期待に応えられなかった自分が情けなくなってくる。
(……解雇しようと思ってるのかな……?)
気持ちが沈み、視界がぼやける。