婚約破棄なんてさせない
アリエンティー王国国立学園の廊下で、何気なく拾ったノートを見て俺は固まった。
表紙には、アリエンティー王国☆乙女は学園で輝く☆攻略手帳と書かれており、中をちょっと見てみると、現在学園に通っている上位貴族と王族の性格等が書かれていて、中には家の内情や弱点まで書かれている者まで居る、他にも他国とのつながりやら地図まで書いてあり、最初はざっと見て落とし主を探そうと思ったがこれは不味い。
見ようによってはというか、反乱や乗っ取りのための資料にしか見えない。
別の見方として、これは転生者が書いたものとも思うが、それが分かるのは俺が転生者だからだ。
平凡な社会人として零細企業に勤めていたが、ある日トラックにはねられて気付いたら転生していた。
アリエンティー王国第2王子、クリストファー・アリエンティー。それが俺の新しい名前。
何でこんなことになったのか、知っている人がいるなら教えてもらいたいところだが、物心ついたときには転生前の記憶を思い出していた。
確かに俺のいた日本では転生物が流行っては居たが、望んで転生したわけではないし、第2とは言え王子なんてガラじゃない。
幸いと言って良いのかまだ若いうちに状況を理解したため、おかしな行動はせずにすんだ。
というのも、この世界は転生者が多すぎる。
どういうことかと言うと、転生したことに浮かれて、知識チートを決めようとした者が沢山いたらしく、失敗談がたくさん残っていたりする。
『やらかした者たち』という本がある。おそらくこれも転生者が書いたものだと思うのだが、中途半端な知識で農業改革に手を出し、塩害で不毛の大地を作り出し、料理革命と言って大量の食中毒者を出したりといったことがまとめられた本だ。
かくいう俺もなにか出来ないかと考えたが、一般人の俺にそんな知識チートは無く、俺でもできそうな物は既にあったりする。
知識チートは諦めて、無難に第2王子として生きていくことを決めた俺だが、そんな俺の気持ちとは裏腹に状況は悪い方に進んでいく。
兄の第1王子エリック・アリエンティー、正妃様のお子なので本来なら立太子されていなければならないのだが、わがままで乱暴で勉強が大嫌いと、悪い方に三拍子揃っている上に、母親の正妃様にも問題が有る。
元々は隣国の王女で、父王陛下に一目惚れして押しかけてきたのだが、当時既に婚約していた父王陛下はこれを拒否した。
だけどそれで収まらないのが政治というもの。
隣国と繋がりのある侯爵家が各方面に手をうち、問題を外交関係にすり替えてゴリ押した結果、父王陛下も仕方なく正妃にしたという経緯があり、本人の性格もわがままで乱暴で勉強が嫌いと、この親にしてこの子ありな感じ。
現在侯爵家の関係者・正妃様関係者は、政治の中枢から外されているが、第1王子を次期国王にすべく動いている。
そして俺の母は父王陛下の元々の婚約者で、隣国の王女によって正妃から側妃にされた方。
つまり無難になんて生きれない状況が出来上がっていた。
そんな有る種緊張感の有る生活を過ごしていたが、王族・貴族は国法で必ず通わなくてはいけない、アリエンティー王国国立学園に入学する時期になった。
兄の第1王子は去年入学しているが、既にかなりの問題を起こしている。
学園は王族・貴族それと成績優秀な平民が共に通うため、校則として『学園内では全ての学生は、学生以外の身分は無いものとする』とあり、王族と言えど名前のみで生活するはずが、入学式の代表あいさつで『第1王子のエリック・アリエンティーだ』と名乗ったそうだ。
暗黙のルールとして、自ら身分を名乗った者はその身分での扱いを要求している、というのが有り、周りもその身分に対する扱いをすることになっている。
にもかかわらず、自分の都合で身分は関係ないと言ったり、王族の俺をなんだと思っていると言ったり、やりたい放題だそうだ。
そんな中入学した俺は、教師陣からはまたか?とにらまれていた。
まぁそんな馬鹿なことをする気は無いから、無難にクリスとだけ名乗ったのだが、まだ警戒されている。
身分は学生でも、護衛やら側近やら連れているから、周りもある程度理解しているのか、遠巻きにされていたりする。
そんな中拾ったのがこのノートだ。しばし呆然としていると、
「クリスどうかしましたか?」
と、側近が聞いてくるので、そっと中を開いて渡した所、青い顔をしてページを捲っているのを見ながら考える。
どうやらこの世界を乙女ゲームと思っている転生者がいるらしい。
別にそう思うの自由だと思う。ただ問題は、ノートに書かれているのは実際にいる者たちだし、ノートの感じで行くと、兄の第1王子を狙っているということ。
状況設定が完全に現在の状況と似ているから、もしかしたら日本で発売された乙女ゲームそのままの世界かもしれないが、少なくとも俺に関しては全く当てはまっていない。
ノートによると優秀な第1王子に嫉妬していて、事あるごとに反発しているように書かれているが、兄にどうやって嫉妬しろと?
もしかしたら俺が転生者だから、そのへんのシナリオが狂ったのかも知れないが、そのシナリオに付き合う義理もない。
取り敢えず打てる手は今のうちに打っておくべきだろう。
「すまないがそのノートの複製を作ってくれ。後で学園長や国王陛下にも見せる必要があるだろう」
「わかりました。今日中に3冊は複製させます」
「場合によってはもっと必要になるかもだけどよろしく頼むよ。それとそのノートの持ち主に関して調べる必要があるから、調査の得意な連中を準備させておいてくれるかい?」
「承知しました」
さっと指示を出すと、側近と護衛から離れて走っていく。
調べると筆跡からすぐに持ち主がわかった。
兄と同じクラスの平民で、マリアというらしい。
一応他の誰かが罪を着せるために、マリアの筆跡を真似て書いたものの可能性を考えて、ノートを廊下において見た所、すぐに拾ってカバンに入れたので間違いはないだろう。
だが状況は好転しない。この1年で既に兄と兄の護衛や側近は落とされていた。
兄や兄の側近や護衛も、ちゃんと婚約者がいるにも関わらず、兄が王族命令で専用の部屋を作らせて、そこでマリアを囲って遊んでいるらしい。
ノートによると俺や俺の側近にも候補がいるが、兄狙いのためこちらには来ないのが幸いだ。
だがこのまま黙ってもいられない。
このままだと、学園の卒業式で婚約破棄祭りが行われる予定だ。
そんなことになったら、王族・貴族のメンツは丸つぶれである。
先に相手の手の内がわかってよかった。第2王子という立場には未練が有るが、俺もこの世界で生きてきた以上、色々なしがらみとかがある。それを壊させるわけにはいかないから、しっかりと行動することにした。
乙女ゲームならこのまま進み、卒業式で婚約破棄イベントを行った後、幸せに暮らしていくことになるのだろうが、現実はそんなに甘くない。
第1王子だろうとやりたい放題して、授業にも出ないなんてことになったら、当然処分される。
わざわざ卒業式まで待つなんてことはありえない。
もしかしたら改心して真面目に勉強するようになるかも?なんていう不確かなことをそんなに長く待ったりもしない。
王族や貴族というのは、とにかくメンツが大事なのだ。
そして場合によっては、メンツのために切り捨てることもするし、切り捨てるならさっさと切り捨てる。
結果として兄の第1王子は病身のため、離宮で正妃様と共に一生を過ごしてもらう。
側近や護衛は、各家で責任を持って処分することに決まった。どうするかはわざわざ聞いてはいけない。
マリアは今も尋問を受けている。
どうやって情報を得たのかとか、背後関係を喋るまで続くだろう。
まぁ適当な所でマリアと関係したとして、どっかの侯爵家が潰されることになるだろうが、俺の知ったことではない。
マリアは調べてみた所おかしなことがたくさん出てきた。
そもそも学園には優秀な者と認められないと、平民が通うことが出来ないはずなのに、成績不明のまま学園に入学していた。
推薦者は既に亡くなっている前学園長だったし、学費や生活費も何故か持っていたが、出所不明だった。
もしかしたら、本当に乙女ゲームの主人公だったのかも知れないが、随分甘い設定だったようだ。
今回の事態を受けて学園は『学園内では全ての学生は、学生以外の身分は無いものとする』という校則が無くなった。
最初に学園を作ったときの理念は分かるが、最近は暗黙のルールが出来たり、有名無実となっていたから仕方ない。
『学園は実社会の縮図である。身分をわきまえて行動せよ』と『学園で身分を振りかざす行為を固く禁ずる』という二つの校則に変わった。
上下に自制を求める形になったということだ。
俺は明日には立太子式を行い、正式に王太子になることが決まった。
気楽な第2王子では居られない。これからは今まで以上に頑張らないとな。
かわいい婚約者もいるし、転生前より幸せなのかも知れない。