東京オリンピック&パラリンピック、どうすればいいか真剣に考えてみた。
これは「秘密組織に入りませんか?」というシリーズに登場する、年長者2人が語り合う、特別編になります。
新型コロナの変異型の感染が増えているので、オリンピックやパラリンピックの安全な開催を危ぶんでいる方も多いのではないかと思います。
本当に開催できるのか、やるとしたらどういうやり方があるのか、考えてみたので、ぜひ、読んでみてください!
僕の名前は宇美 結理。小学六年生。みんなからはユーリって呼ばれてる。
父親も母親も生きているけど、事情があって一緒には暮らしていない。
僕にとっていま家族と呼べるのは母方の祖父母だけだ。
だけど、それはさみしいことじゃない。
ここでの暮らしはあたたかくて、希望に満ちている。
僕には親友がいる。
保志 天平だ。
天平と僕は同い年で身長もほとんど変わらない。
外見的な特徴としてわかりやすい違いは、僕はメガネで視力を矯正しているけど、天平はメガネをかけていないとこ、かな? 天平の視力は二・〇、らしい。裸眼で目がいいのってうらやましい。
天平と僕は学校が違うから、ずっとお互いの存在を知らなかったんだけど――ちょっとしたことが縁で仲良くなった。
僕は一年生のときから学級委員をやってきたし、いまは児童会の会長をやっているし、学校の勉強にも困ったことはないし。自分で言うのもなんだけど――いわゆる優等生だ。
正直なところ、僕にとって同じ年ごろの子供たちは、話し相手としては物足りない存在だった。
だからといって、周りの子をバカにしていたわけじゃない。そうじゃなくて――自分が守っていかなくちゃいけない存在だとか、自分が引っ張って行かなくちゃいけない存在だとか、同年代の子のことは、そんな風に認識していたように思う。……今となっては傲慢だったなって、はずかしい話なんだけどね。
そんな僕にとって天平は――衝撃だった。
とにかく、考えてることが違う。
非常識な人間だとか、破天荒な人間だとか、そういうことじゃなくて。
天平と話していると、たまに、突き抜けてるな、と思うことがある。
例えば――香港で民主化のデモが激化したときは、皇帝を復活させればいいんじゃないかって言い出して。なんでそうなる? って思うんだけど、話を聞いていくと、「ああ、そういうこと」、ってなるのが、天平の考えなんだ。
いま問題になっている様々なことに対して、天平は僕の思いもよらない解決策を思いつく。
僕たちはまだ未熟で、知らないことも、経験してないことも多いから、考えが及ばないこともたくさんある。だから、天平の考えた通りにすればうまくいくかというと、それは僕たちにはわからない。ただ、検討してみるだけしてみてもいいんじゃないかな? と思うことがしばしばで――。
天平には、僕にない発想がある。
それがおもしろくて。
誰とも話したことがないことでも、天平とはいろいろ語り合ってきた。
コロナもそう。新型のウィルスが中国で発見されたって話題になり始めたころから、日本でも感染者が確認され、クルーズ船の情報が毎日のようにニュースで取り上げられ、感染が拡大して、休校になって……。
新型コロナウィルスについても、僕と天平は何が起きているのか、何が大事なことなのか話し合って、感染予防しながら経済を回していくにはどうすればいいか意見を出し合った。
そのときも、天平の発想は僕には思いつかないもので――。
今はもう、何年も前のことみたいに感じてしまうけど――パチンコ店に人が集まり過ぎることが問題になったときは、「パチンコ店がそれぞれ会員制にすればいいんじゃないか?」っていうのが天平の解決案だった。
確かに、会員制にすれば、来店するお客さんがどこの誰か、お店側が把握できるし。連絡先を登録することを会員規約にすれば、感染者や濃厚接触者を把握して連絡をとるのに役立つだろうし。会費をとることで、来店者数を減らす損失を補填できるだろうし……。
今こうして振り返ってみても、やっぱり、天平の考えは一考の価値があると思う。僕は。
他にも、飲食店の休業や時短営業の影響でミントやハーブが余って困っている生産者がいるとテレビで取り上げられていたら、「ジェラート店がミントジェラートやハーブジェラート作ったり、ミントバニラシェイクにしたりして、ホワイトデーで売るっつーのはどう? ミント味のかき氷が話題になってたこと考えると、ジェラートもいけるんやない? ホワイトデーも、十四日に限定しないで、三月いっぱいをホワイトマンスにしちゃうとか? っつか、どうせホワイト月間にするなら――三月は白いもん買おうぜ! ってことで白いもんなんでも売りこむとかするのは?」って言ってたし。それ聞いて「ミントアイスって白くない」って一瞬おもったけど。ミントアイスはミント色してそうだけど、某アイスクリームメーカーのミントアイスは白い色してたの思い出して、「ミントアイスって実は白いのか、だったらいいか」って思ったし。
休校で給食用の海苔の在庫を多く抱えているところが取り上げられていたら、「いろんな店で爆弾おにぎり作る? 中華の店なら角煮とかエビチリとか麻婆豆腐とか入れて……ん? 麻婆は汁っ気がヤバイ? ま、中華なら中華の具材を入れてー。和食だとだし巻き卵とー、佃煮と塩サバほぐしたの? 洋食ならハンバーグとかナポリタンとかコロッケとか? 店ごとに具材を工夫して、ごっついおにぎりにして、毎週水曜日は爆弾おにぎりデーとか商店街で決めちゃったら? 爆弾おにぎりってときめくやん? いつもじゃなくて曜日限定とかでやると、あ、買おうかな、って思いそうな気ィするんけどな?」って言ってたし。
お弁当のテイクアウトを始めたけど売れ行きがよくないって言ってるお店が取り上げられてたら、「お弁当や鉢盛みたいなのより、家政婦メシみたいにジップロックやタッパにお惣菜を詰めて、何円で何人前何品くださいってやったら、そっちの方がリピーターつかんかな? それに、そのやり方の方が、食材の使い回しとかお店の人が自由にできるから、ロスが出にくいんじゃないかと思うんだけど?」って言ってたし。
感染が拡大して自粛を求められても、夜、集まってお酒飲んで騒いでる人が取り上げられていたら、「オレもわかるけど……夜に家に一人でいるのって、この世界に一人っきりになった気がして怖くなることあるからさ? こんなコロナの感染が起きてる中で夜一人っきりでいたら、頭おかしくなりそうになる人とかいてもおかしくないって思うんだよな? だから、いっそ夜を一人で過ごさなくていいようにできんかな? 例えば、自治体が指定した公園とかにマスクして集まって、ろうそくの代わりにLEDライトを手に持って、集まった人間で一定の間隔あけて列を作って、公園の中をゆったり歩いて光のパレードするとか? ついでに、そんときに、経済的に困窮してる人は、食品ロスとか利用した食べ物や日用品が入った支援袋をもらって帰るとか? お酒も、自分たちの好きに飲むんじゃなくて、パレードの集合場所にお酒を売るブースみたいなの作って、飲みたい人は一杯だけお金払って飲めるようにしておくとさ? ワンドリンクだけ飲めるようにしておくと、逆に、お酒を飲み過ぎてグダグダにならなくてすむんじゃないかと思うんだけどな? もちろん、車の運転する人は飲酒ダメだけど。あ。だから、あたたまりたい人向けにホットコーヒーとかホットミルクとかも売ってあるといいよな♡」って言ってたし……。
人に対して――。
あれはダメ、これはダメ――って禁じるんじゃなく。
なんでその人はそうするのか、その人がそうしないためにはどうすればいいか――を考えるのが天平なんだ。
『民間政府』――というのを天平は考えている。
ヴェネチアでずいぶん昔に、政府というか、議会? が機能しなくなったきに、商人たちが集まって協力し合って国を維持した、っていうことがあった……らしいんだよね? 天平も人づてに聞いた話だから、ちょっと正確なとこはよくわからないんだけど。
それで――。
政府が国をまとめなくても、民間の人たちの力だけで、国ってある程度まとめていけるんじゃないかと思った――というところから考え始めてたどり着いたひとつのカタチが『民間政府』。
『民間』で『政府』がやるべきことをある程度やっていこうってことなんだけど――例えばさっきのパチンコ店の話なんかがそう。
国や自治体がパチンコ店に人が集まり過ぎるのをなんとかしようとしたら何かできるかっていうと……警察や自衛隊が力づくで、集まった人たちを追い返すわけにはいかない。そこで、人が来ないようパチンコ店に休業を要請することになったんだろうけど、もしも休業を強制させようとしたら、そのための法律を作らなくちゃいけないから、時間がかかる。
それに、いちど新しい法律を作ってしまうと、その法律が、違う場面で適用されてしまう危険性が出てくる。例えば、政府関係者が何らかの理由をつけて自分の気に入らない店を強制的に休業させる、なんてことが起きてしまうかもしれない。そうなると今度はその法律があることが問題になってくるから、法律を廃止するかどうかをまた決めなくてはいけなくなって……。
そういった問題を考えあわせた結果、営業しているパチンコ店の店名を公表することにしたんじゃないかって僕は考えているんだけど、そのせいで開けているお店にお客さんが大勢集まって、そのことが問題になったり……。
それに、パチンコ店は休業すると維持費がハンパない額になるみたいで。――休業すると経営が厳しくなるのはどの業種でも同じだろうけど……天平は、「『みんな大変なんだ』は『自分たちが大変』を救わない」って言ってたっけ。
パチンコ店に集まる人たちのことも考えなきゃいけないわけだけど、パチンコってなんでそんなにしたがるか、僕にはわからない。パチンコやらない人からすれば、「パチンコなんかしなくても問題ないだろ、パチンコくらい我慢しろ、って思ってしまうな」って思うけど――。
パチンコ店にどうしても行かなくちゃいけないっていうお客さんは――ギャンブル依存症になってる、のかな? もしもそうならこれを機に依存症と向き合うのがいいと思ったけど、ただ、本当に依存症レベルの人だった場合、依存症はそんなに簡単に変えられることじゃないだろうから。「やめろ」で「はい、やめます」とやめられると考えない方がいいと思う。
例えば、ステルス性の高いスマホウィルスの感染が瞬く間に広がったとき、対策ソフトができるまでスマホのSNSの使用を禁止されたとして――SNSを利用して生計を立ててる人はともかく、ただSNSを見るのが好きで見てるだけの人や、趣味で投稿しているだけの人なら、やめればいい話だけど。すんなり「わかりました、しばらくSNSやりません」、ってできるかっていうと……難しい人、多いんじゃないかな?
「やらなくても死にはしないだろう」っていうことでも、簡単にやめられないことはある。その感覚は、自分にとってやめられないことに置き換えれば、きっと誰にでもわかるはずで――。
こうやって考えていくと、国や自治体が人に何かを命じて強制的に「人」を統制しようとするより、人の気持ちや意思やそれぞれの都合に寄り添って、その人があまり無理せずやれるやり方で、その人自身が自ら進んで協力できるようにしてあげる方が、「でき得る」って思う。
それが『民間政府』の在り方。
国や自治体は縛りが多いし、フットワークが重い。だから、国や自治体には要所 要所で――民間では解決できない問題で――動いてもらって。それ以外のことは、民間の企業や民間人が任意で協力し合って問題を解決していく。これまでは政府が解決していたような問題であっても、民間で解決できそうなことなら民間で取り組んでいく。その枠組みを民間で作っていけば――その方が、自分たち民間の人間が助かっていくんじゃないか、助かっていきやすいんじゃないか、ってことなんだよね。
だから――。
国や行政が休業を強制したり、ロックダウンしたりするより、民間の企業や民間人が、自分たちの意思で、つまり、任意で、感染リスクを抑えつつパチンコ店が営業できるように『協力体制』を作っていけば……それでいいんじゃないか? って考える。
経営が厳しくなった飲食店や生産者も、飲食店どうしが協力したり、お客さんがテイクアウトやデリバリーを利用したりしていくことで、国や自治体から支援を受けられなくてもなんとかしていけるんじゃないか、って考える。
そうやって、民間の一人ひとりがしっかり考えて、思いやり合って、協力し合っていくことで、この世界のたいていの問題は解決していける――と、僕たちは考えているわけなんだけど。
東京オリンピックとパラリンピックの開催に関しては――どうだろう?
僕は、天平に、東京オリンピックとパラリンピックを開催できるかどうか、意見を聞いてみた――。
「とりあえず、二本柱平行路線?」
と、天平。
はいはい。「二本柱平行路線」とだけ、ポンと言われても、他の人は天平が何言ってるかわからないだろうけど、僕はわかるよ。
「とりあえず、開催するパターンと中止するパターンと、両方準備しておいて、開催できそうにないってなったら中止案にスライドさせるってこと?」
僕が確認すると、
「かな? と。――まあ、中止っていうか、延期できるなら延期も考えるとこだと思うけど、その場合、いつどのタイミングでやるかっていうのがさ、難しそうだよな?」
と、天平が顔をしかめる。
確かに、延期は延期で考える余地はあるとは思うけど、実際に延期しようとしたら、調整が難しそうな印象を受ける。
「延期するのってやたらお金かかるみたいだし? 正直、その辺がオレにはよくわからんから、とりあえず中止するか開催するかで考えると――開催する方向で調整してみて、うまくいきそうならやるし、無理そうなら中止、ってなるんじゃないか?」
天平のもっともな意見に、僕もうなずく。
「そうだよね……」
国内の感染者数がいま現在ゼロに近い数字になっていれば、迷わず開催する方向で動いて、急激な状況の変化があった場合の予備的な意味合いで、中止案を備える形になったと思うけど――。
「感染者数の減り方が微妙そうやん? 感染者がもっと多ければ中止、少なければ開催する方向性でスパっと決まるんだろうけど。できないほど多くはなさそうだし、かといって、安全度が高いと安心できるほど少なくなさそうだし。……だから、開催する場合に、どれだけ感染リスクを減らせるかっていうのも、開催できるかどうかに影響するんじゃないか?」
僕が思っていたのと同じことを天平が口にした。
天平は話を続ける。
「開催できないと、せっかくがんばってきた選手がかわいそうって思うけど、それだけじゃなくて。やっぱ、経済的にヤバそうだろ? っつか、オレ思うんだけど――」
と、少し溜めて、一気に考えを吐き出す。
「聖火リレーやるって言ってるけど、あれってさ、沿道をさ、通行する部分と観覧する部分とに分けるやろ? 観覧する部分はもちろん沿道側でさ? そんで、観覧する部分は一定間隔に区切るやん? ロープとか使って区切ると大変だから、石灰とかでライン引くとか? まあ、なんかして、んで、その区切った区画で聖火リレーを応援する権利を売ったら、オリンピックにかかる費用の足しになるんじゃないかと思うんだけど。それだと、観覧する人の人数をコントロールできるし、人と人との距離もとれるし、それに、観覧権を購入するときの条件として、当日はマスクを着用することを了承する人限定、ってしとけば、マスクの着用拒否とかされても、だったらこの場所で応援するのはやめてもらいますって退場してもらえるんやない?」
天平の調子が上がってきた。――本人が言うところの『商売っ気』が出てきた、という意味で。
天平は『商売っ気』を大事にしている。
今はなんでもかんでも無料でサービスしようとしたり、割引したり、ボランティアしたりするのがいいみたいな風潮があるけど――と天平は感じている――無料や割引やボランティアでは負担をする側が息切れするからちゃんと商売になるとこ考える、というのが、天平の信条。
「天平の言うことはわかるけど、それだと経済的に余裕がない人は沿道から応援できないことになるよね? 聖火リレーはテレビとかネットとかで中継するだろうから、お金ない人やお金があっても権利を買えなかった人はそれを見ればいいじゃないかって言われたらそれまでだけど……。けど、スタジアムとかで観戦するのと違って、公道で何かを見る権利を制限するのって、フェアじゃない気がするよ?」
と、天平の考えにツッコミを入れるのが僕の役目だと自負している。
「そっか。それもそだな。……んじゃ、観覧区画のうちの何割かは無料にして、希望者は一定の期間内に市役所とかにくじを引きに行って、当たりくじ引いたら、タダで、自分が当たった区画で応援できる、ってすればいいんやない?」
僕のツッコミにすぐさま切り返してくるのが天平だ。
「本当なら誰でも無料で応援できるのがいいんだろうけど、それで人がたくさん押しかけても、ね。感染リスクが上がるから……」
無料区画と有料区画と両方用意するというのは、いい案だと思う。
「いいよな? もちろん、全区画を無料で抽選で振り分けるっていうのでもいいけどさ? 通常でも五輪とパラとやるのにお金すっごくかかりそうなのに、今はPCR検査とか感染予防対策とかやっていくのにさらにお金がかかるだろうしさ? お金を集められそうなことがあったら、お金にした方がいいだろ?」
といった具合に考えるのが、天平の『商売っ気』だ。
「感染予防のために沿道で応援するのを全面禁止してしまう方法もあるけど……それじゃあ、お金にならない、ってことか。――けど、全面禁止にすれば、応援する人たちやランナーの安全を図るために配置する警備にお金をかけなくてすむんじゃないかな?」
僕が警備体制について言及すると、
「ああ、警備か……。けどそれはどのみち、ランナーが通るんだから配置するんじゃないか?」
……なるほど。
「それもそうか……」
「まあ、沿道に人がいるかどうかで警備の人の数とかは変わって来るとは思うけど」
「けど、沿道を通る人のことを考えると……通行区画の人が立ち止まって応援するようだと、通行したい人のジャマになるから、そのへんでトラブルが起きる可能性はあるよね?」
と、ツッコむと、
「それは……そだな。となると、警備はやっぱりそれなりに要るかな……?」
と、思案し始めたかと思うと、
「――正直言って、今って緊急事態宣言が出てるのか出てないのか、出てたとしてそれはどんな内容なのかっていうのが、地域によって違っていたりするから、なんかもうどうでもいいかって気にならんでもないっていうか、どうでもいい気になる人がいてもわからんでもない気がしたりするんだけどさあ?」
天平がげんなりした顔で言う。
「うんうん。わからなくはないけど、ソレ、言っちゃダメなヤツね」
僕が言うと、天平は渋い顔で口をとがらせる。
「わかってるけどさ、ここだけの話」
というのをわかったうえで、一応、釘をさしておいたんだけどね。
「で?」
話を促すと、
「で。緊急事態宣言がどんな感じになってるかわかりにくいけど、それってそもそも、別にわからんでもいい話やん?」
天平がまた、人が聞いたら誤解しそうなことをさっくり言うので、
「確かに。要は、宣言が出てるかどうかじゃなく、感染状況がどうなってるかが問題なわけだよね? もっと言うと、宣言が出ていなくても、あるいは、宣言の内容がどうであっても、感染リスクのあることをやっていいわけじゃないってことだろう?」
天平の言いたいことを汲み取って言葉にすると、
「そやろ? だから、宣言がどうなってるかよくわからなくても、感染者がゼロかそれに近い状態になるまでは、出かけなくていい人は出かけないようにするとか、一定の人数に制御できる場所に予約して行くだけにするとか、してくことが必要だと思うわけ」
「そうだね。それで?」
「せやから、沿道を通る人の人数も、それなりに少ないはずなんだよ?」
と、これを言いたかったらしい。
「そっか。沿道を通る人の数がまばらなら、警備もしやすいし。観覧区画のスペースもとりやすいんじゃないか、ってことか」
「そゆコト」
この「そゆコト」は天平の口癖だ。言いたいことが通じてご機嫌なときに出る。
「となると、あとは自治体ごとに区画を区切って、区画ごとに一から数字を振り分けて行って、それを希望者でくじ引きする――といいのかな?」
「区切った区画を実際に線引きするときは、その区画の近くの学校に協力してもらうとかさ? オレらだって、学校のライン引くヤツ使って何人かで協力してライン引けると思うんだよなー。聖火ランナー応援隊とか結成したら、楽しそうやない?」
「ライン引きも『込み』でお祭りにしちゃうわけか。それは楽しそうかも?」
「そんな大人数でやるわけじゃないから、マスクしたり、アルコール消毒したりとかすれば感染リスクは少ないと思うんだよな?」
「ふざけないでまじめにやれば、ね?」
お祭りにしちゃうと、どうしても男子は調子に乗る――とクラスの女子に言われる。僕はそういうのを止める方に回るけど。……道路際でふざけるのはよくないよね。
天平は苦笑いして、またまじめな顔になる。
「観覧区画を決めてった方が、逆に、警備やりやすいと思うけどな? いざ当日になって沿道に人がたくさん集まってしまったときに、沿道で応援するのをやめるように言ったり、少ない人数でお願いしますって言ったりしても、警備の人たちってその人たちに散らばるように注意することはできても、強制的に人を散らばらせることはできないだろ?」
「でも、観覧区画を決めておけば、観覧権のない人にはお引き取り願えるわけだ?」
「じゃないか?」
天平の言うことに、一理ある、と僕は思った。
となると――。
「あとはまあ、そういうのを取り決めるのに時間をかけないようにできるかどうか、だよね……」
「――だな」
こうやって話をするだけなら簡単だけど、実際に何かをやるっていうのは簡単なことじゃない。
テレビで大人の人たちがいろんな取り組みをされているのを見ると、本当にすごいと思う日々で……。
「あのさ、……時間がないと言えば、オレ、イメージマスコットのロボット、売ればいいと思うんだけど、今から製造して販売するとか、ちょっと無理かな?」
天平が、言いながら目をキラキラさせている。
確かに、マスコットのロボットなんて、楽しそうではある。ただ、それは――。
「非売品かもしれないけど、確か、そういうのすでに作られてなかった? テレビで見た気するけど……?」
と、僕が記憶を探りながら言うと、
「まじっ⁈ おお! 知らんかった!」
天平が目をさらに輝かせる。
「どれくらいの性能のロボットにするかで値段とか変わりそうだけど、販売……したら、それなりに売れそうだよね?」
僕が言うと、「だろ!」と天平が食いつく。
「ホントは雑誌の付録の組み立て式のヤツでマスコットバージョンとかやったらよかったんじゃないの? とか思ったんだけど。まあ、今からそれ準備するのは大変だと思うから。何体か用意してオークションして、売り上げはオリンピックとパラリンピック関連の費用に充てるといいんじゃないかと思うんだよ。そんで、できれば柔道着を着せたヤツとか、それぞれの種目のユニフォームを着せたヤツとか、作ってほしいんだよな♡」
と、天平が言うのを聞いて思い出した。
「そう言えば、ロボット用の着せ替え衣装みたいなの、作って販売してるとこがあったと思うよ?」
「ロボット用?」
「そう、ロボット用。なんか、ロボットの場合は専用の生地を使わないと、ロボットを動かしたときに熱が服の中にこもったりして、それが原因でロボットが壊れたりすることがあるみたいなんだよね? だから、そうならないような繊維だったり織り方だったりで作った生地を使って、ロボット用の洋服を販売している……会社? があったよ? 確か」
前にテレビで見た情報を記憶の中から引っ張り出すと、
「なるほど~。そっかそっか。人形みたいに動かさない状態で着せ替えするんじゃなくて、服を着せたままロボットを動かせるけど、そのためにはロボット用の生地で作られた服を着せないとダメなわけだ。なるほどなー」
としきりに感心して、
「ソレ、いいやん! 柔道着とか、ロボット専用の競技用コスチュームもいろいろ作って、マスコットロボットとセットで売ろうぜ!」
と、天平は盛り上がるけど……。
「うんうん。そういうの、やってくれるといいね。――権利もってるとこが」
僕は苦笑しながら頭を働かせる。
マスコットロボットや専用コスチュームなんて売りに出したら、やっぱり、買いたい人はいるだろうし、買える人もいるだろうし。そしてそれは別に日本に限定する必要はなく、海外のセレブが買ってくれるかもしれないから、そこそこいい値段するものができても、それなりに売れるんじゃ……と、僕にも天平の『商売っ気』が乗り移ってる。
「とにかく、大会を開催する場合――中止にする場合でも――お金、かかるだろうから。なんとか費用を工面するために、売れそうなものがあったら売ろうよって思う、ってことだよね……」
実際に開催するとなると莫大な費用がかかるんだろうなと、僕でさえ気鬱になる。
母子家庭で経済的に余裕がある方じゃないという天平は、お金をどうやりくりするか頭を痛めると言うことがある。仕事で忙しいお母さんの代わりに家事の多くは天平がやっていて、家計簿も天平がつけているからこそ、頭を痛める、なんてことになるんだろうけど。……まあ、天平の場合、余裕がないと言いながら、天平自身はどんな風にでも生きていけそうなんだけどね、たくましいから。
「ロボットを自作するのはちょっと無理があるけど、マスコットをからくり人形で作るとかは、夏休みの自由研究でやるっつー手もあるよな♡」
天平が楽しそうに言う。
水を差すようで悪いけど、
「けど、中止になったら、自由研究でからくり人形作るの、さみしく感じそうじゃない?」
と僕が言う。
天平はイヤそうな顔はせず、「そうなんだよなー」とまゆを寄せる。
「開催するのに不安を感じないような状況になればいいけど、感染者数が下げ止まってるみたいだし、ウィルスの変異株も問題になってるし。……開催するにしても、まだ無観客に決定したわけじゃなかったと思うけど、無観客にする方向で動いてるんじゃなかったっけ?」
どうなるのかな?
観客が入るかどうかは、観戦チケットを購入していない人にとってはたいした問題じゃないかもしれないけど――。
無観客にすれば、チケット代が収入として入らないから――どうなるのかな?
無観客にした場合に資金をどうやって調達するかよくわからないけど、とにかく、観客から得られるはずの収益を失うことになる、よね? それで……やっていけるのかな?
「そこはさー、宝くじ式じゃダメなんやろか?」
天平が頭を傾げる。
宝くじ式支援も天平のアイディアで、コンサートがコロナで中止になってチケットを払い戻すと運営側には大打撃だという問題の解決策として思いついた考えだ。
チケットにナンバーを振って、チケットを即席のくじに見立てて、コンサートが中止になった場合はチケットナンバーを使って抽選して、当選者だけ何か特典を得られることにする。くじに参加しない人はチケットの払い戻しを受ける。――このやり方なら、特典が豪華なら、払い戻しを受けらなくなるとしても、くじに参加してくれる人は多いんじゃないか? というプランで。
チケットの購入者に『空くじ』つまり『ハズレ』を容認してもらうことで、運営側の打撃を減らせないか、ということなんだけど――。
「オリンピックの観戦チケットって、すでに当選者は決まってるし……それをいったんキャンセルして払い戻して、また改めてチケットを売り直す? けど、競技によるけど、かなり高いものあるよね? ハズれるかもしれないのに買うには高額に感じないかな?」
オリンピックやパラリンピックでやる場合の宝くじ式支援のやり方がイマイチ見えなくて、思いついた疑問を口にすると、
「っつかさ、チケットは払い戻して――当選してた人ごめんなさい――とりあえず、無観客開催ってことにするやん?」
「うん?」
「そんで、それとは別に、オリンピック支援宝くじっていう名目で、ふつうにふつうの宝くじを世界中で販売するだろ?」
「うん」
「そんで、その宝くじの当選者がもらえるのが、賞金じゃなくて、オリンピックやパラリンピックの観戦権利で、交通手段と宿泊施設の確保までやってくれんの。それだと、くじ一枚は安くして、薄利多売で、ものすごい数売ってさ? なんなら、紙のくじじゃなくて、スマホでデジタルのくじを買えるようにするとかすっか? それだと、くじが売れ残ったときの調整とかしやすいかもしんないし、くじの用意をするのも時間少なくすむんじゃないか?」
天平の頭の中で、考える端から考えが湧いて出てきているんだろう。次々と考えを披露していく。
僕は宝くじを買ったことはないけど、一枚一枚は確かに僕でも買えるくらいの値段だったはず。
通常のジャンボ宝くじは賞金が高額なところを見ると、売れ行きはいいんじゃないかな? 賞金が高いってことは、それだけお金が集まるってことだろうから。
というか、アメリカや台湾なんかでも、宝くじは人気があるんじゃないっけ? アメリカの宝くじの獲得賞金って、アメリカンドリームな額、みたいだよね?
当選者が得られるのが高額の賞金じゃなく、オリンピックやパラリンピックの観戦権だった場合に、どれくらい宝くじが売れるかは予想がつかないけど――。
「……そのやり方なら、くじが売れればお金は集まるし、当選者を絞れば、感染リスクを減らすことは可能そうだね?」
「だろ?」
「実際にくじが売れるかどうかはちょっとよくわからないけど。……宝くじっていうより、オリンピックやパラリンピックの……というか、参加選手たちを応援するクラウドファンディング、みたいな意味合いで購入を考えてくれたら……?」
「あ、そだな? クラウドファンディングみたいな感じでもあるよな? ――だったら、クラウドファンディングみたいに目標額決めて、目標額に達するまで寄付を集め続けて。寄付金の額に関係なく、寄付をしてくれた人の中から抽選で東京オリンピックとパラリンピックにご招待! ってやり方でもいいかもな?」
「それだと、既存のクラウドファンディングの仕組みを利用できるかな? コストを抑えられる?」
「その辺はすごい人たちがうまくやってくれるんじゃないか? ――というか、いっそクラウドファンディングの目標額に達したら開催する、達しなかったら開催しない、ってするのは?」
と、天平はたまに考えが行き過ぎることがあるので、軌道修正する必要がある。
「ん? それじゃあ、『お金を集めるために開催する』ってなるけど、それは違うんじゃないかな? それに、開催するしないを考えるときに一番大切なことは感染を拡大させないこと、だよね?」
「――そうでした」
天平が、しまった、と反省する。
「目標額に達するかどうかは、開催するかどうかを考えるときの参考になるとは思うし、費用の問題は大事にしなきゃいけないのはわかるんだけどね?」
「そうだよな~。観戦者を入れることで感染が拡大するようなことになってもマズいし……」
天平は考えこむ。
僕も考えてみるけど、ワクチンの接種が進んでいる国もあるみたいだけど、観戦権利者が自国の変異ウィルスを日本に持ちこんで、感染権利者間でクラスターが起きるようなことになったら……? その可能性を考えると、無観客の方が安全度が格段に高いだろうと思われるわけで……。一試合につき一人だけ観戦者を入れるとしても、たくさんの試合が行われることになるから、感染権利者数はかなりの数になるはずだ。
「当選した人は一試合だけ見る、っていうことだったら、結構な人数を集めることになるよね?」
どうしたものかと口にすると、天平が瞬きする。
「ああ、そっか。一試合……」
「ん?」
「人数……観戦するのって……一人で観戦すんのはあんまりだから、家族連れとかで来られるように、一組何人まで、みたくして。感染リスクを抑えるためには、当選者の組数は少なーく少なーくしておくやん? マスクの着用は必須? マスクを使用するタイミングとか細かく決めておいて、それを守ることを観戦権を受け取るための条件にしとく? もしも滞在中にその条件を守らなかったら、その人にかかった費用は全額自己負担してもらう規約にしとくとか? っつか、感染予防講習を受けてもらってそれにパスした人じゃないと当選を取り消す? 飛行機とかも専用機チャーターするくらいの勢いで用意して、PCR検査とか抗体検査とかできるようにして? 選手はワクチン打って副反応起きたりするとベストコンディションでプレーできないからワクチン打ちたくない人は打たないでできるようにしなきゃダメだと思うけど、感染者はできるだけワクチン打ってもらった方がいい、んかな? ワクチン打てる人は打ってもらう? そんで、当選組を少なくする代わりに、一組の内容を濃くする? 当選した組は何日間か滞在して複数の試合を観戦できるとかしちゃう? それだと、ふつうのオリンピックじゃ経験できないような贅沢な観戦ツアーになるよな? んで、滞在期間中は、感染リスクを下げるために、日本を観光して回るのは控えてもらって、そのかわり、ホテルで、一組ずつ、距離をとって舞妓さんが踊りを見せてくれたり? 花をいっぱい飾ってもてなしたり? オリンピックとパラリンピックのために品種改良を進めていろんなカラフルな菊を用意してあるんじゃないっけ? あ、花を飾るんなら、その花の中から好きな花を選んで、生花と変わらない仕上がりになる乾燥剤を使って自分でドライフラワーにして記念のお土産に持って帰れるようにしとく? そんな感じで、日本ならではの何かを体験したりできるようなサービスを用意したりしてあったら、喜ばれるんやない? それに、観戦ツアーのプランやオプションに、コロナで思うように商売ができてない業種をうまく巻きこめば、支援になったりするかもしんないよな? ま、とにかく、特典はやっぱ当たるとデカい! がいいよな♡ 盛り盛りの観戦ツアー♡ あと、参加選手に協力してもらって、好きな選手のサインをもらえる権利とか、試合が終わった選手とオンラインで話ができる権利とか、マスコットのぬいぐるみが当たるとか、日本のおいしいお菓子が当たるとか、観戦権がハズれた人にも、観戦権以外の賞品が当たる余地を少しは作っとく?」
天平の口から、ぽんぽんアイディアが飛び出してくる。
聞いていて、僕は顔が笑ってしまう。よくまあ、次々と思いつくなと思う。
「そんな豪華観戦ツアーになるんなら、別に、今回の東京大会だけじゃなくて、次の大会でもやってほしいかも。それこそ、コロナが終息すれば観戦者数はMAXで入れられるから、その極一部のシートを豪華観戦ツアーに回せばいいよね?」
僕が言うと、天平が「おお! ホントやん!」と乗ってくる。
「大会がデカくなりすぎて、スポンサーだけでオリンピックやパラリンピックを運営する資金を出していくとか、開催地が資金を負担するとかやってくのって、厳しそうだもんな? それに、コロナで経済が打撃を受けた国や企業は多いし――逆に儲けた企業もあるかもしれないけど――なんさま、オリンピックやパラリンピックやるなら、世界中の一般大衆がスポンサーになればいいってことだろ? いいやん!」
「その場合はクラウドファンディングより宝くじの方がいいかな? くじの方が楽しそうだよね?」
「そだな。そんな豪華観戦ツアーなら、オレも一枚だけ買うかな? 宝くじ。たった一枚でも当選する可能性があるのが宝くじ! だもんな♡」
「そうだね、宝くじなら、僕たちでも買えるくらいの値段で売ってもらえるだろうから、僕たちでも買えるよね」
と、当選していないのに当選したら……と想像してしまうのが宝くじ。
「まあ、次の大会がどうなるかはともかく。今回の大会に関しては、宝くじにしろクラウドファンディングにしろ、どっちでもいいから、お金集めて、当選した人だけ観戦できるようにするとするとさ? 当選した人が感染を拡大させることなく東京に来て観戦するのにかかる費用って、一組だけでも結構なものになるんじゃないかと思うんだけど。一組が複数の試合を観戦できるようにして、当選者数をごくごく少なくすれば、観戦権利者に使う費用が抑えられるから、集まったお金の多くを運営資金に回せるよな?」
「それに、観戦者数を絞ることができれば、観戦者の動向を把握しやすいから、感染リスクを抑えられそうだよね?」
「うんうん。あとは……っつか、オリンピックって選手たちの数が多すぎるよな? 開会式とか閉会式とかに集まる選手ってすごい数だもんな?」
天平に指摘され、その問題があったことに気づく。
「選手、たしかに多いよね。……そもそも、オリンピックもパラリンピックも世界規模のイベントだから、人数とかお金とか、数が大きすぎて想像つかない……」
と、僕はため息をつく。
「参加選手も人数を減らすとかしなきゃいけないんかな? ……種目ごとの世界大会は、開かれたりしてるみたいだけど」
天平が深刻な表情で口にする。
新型コロナの特性がわかってくるにつれ、スポーツの大会は、無観客にしたり、観戦者数を制限したりしながら、開催されるようになってきた。
ただ、海外で行われたロックダウン下での国際大会は開催するのはかなり大変だったという話を、その大会の関係者がテレビで話されていた。それがオリンピックともなると――。
「参加選手の人数を減らすって言っても……甲子園の春の選抜みたいに、出場予定者の中からこれまでの世界大会での成績を考慮して選抜した選手だけでやるとか? そういうやり方になるのかな?」
口にしつつ、心が打ち消していく。
そんなやり方になったとしたら、選手の人たちは納得できるんだろうか?
すごく大変な思いをされてオリンピックやパラリンピックの出場権を勝ち取った選手たち。僕には想像もできない努力をしてこられたはずで――。
「各選手が自分の拠点にしている場所が近い人どうしで一つの地域ってことにして、世界の各地で地域ごとに予選をやって、決勝戦だけ東京でやるとか?」
言いながら、天平も顔をしかめている。自分の考えに、スッキリしないものを感じるんだろう。
「……」
「……」
二人で黙りこむ。
「出場予定の選手の人たちって、どう思ってあるんだろう……?」
選手の気持ちだけでどうにかなることじゃないだろうけど、選手の気持ちや考えって、尊重されるべきことだと思う。
そういう僕の気持ちに同調するようにうなずいて、
「同時通訳のボランティアが入ってくれたら、種目別? とかで分かれて、オンラインで、選手たちで意見を言い合えたらいいんやっか?」
と、天平が首を傾げる。
「……」
「……」
僕たちはまた二人で黙りこむ。
と、
「参加選手を減らさないでやれるなら、それが一番いいよな?」
天平がぽつんと言う。
「そうだね」
僕は心の底から同意した。
「そのためには、やっぱり、世界中で感染者を減らさないと。――一人ひとりが感染しないように心がければ、本当に、感染者数は減らせると思うんだけどな?」
なんでこんなに減らないんだろう? と天平は頭をひねる。
それは僕にとってもずっとわからない難問だ。
ただ、こうやって考えてみて行きつくのは――時間の無さ。
「東京オリンピックもパラリンピックも、開催するならするで、やり方次第ではやれないことないと思う。ただ、選手の数とか観戦者の調整とか、考えることがいっぱいで、時間があまりない中でどこまで調整できるかが……難しいよね? きっと……」
もっと時間があればと、もどかしい気持ちになる。
そして、休校中に天平と考えていた防疫体制が――いろんなことを話し合ったり、アイディアを出し合ったり、協力し合ったりできるネットワークが――できていればと、悔やまれる。
「感染者の数が減らないようなら……中止になるだろうな?」
天平が思いつめた顔で言う。
「もし、感染を拡大させないために中止するとしたら――それはそれで、みんな受け入れられると思うよ?」
僕は正直に自分の考えを告げる。
僕たちも、いろんな行事ができなかったり、内容が変更されたりするのを経験してきた。
だからといって、オリンピックやパラリンピックだって中止になっても仕方ないじゃないか、とは思わないけど――。
「受け入れたくないことでも受け入れるってことは大事なことだけど、それに慣れるっていうのは、違うって思う。――やっぱり、もっと知恵を絞りたいな。中止にすることも含めて、どうするのがいいのか、考えて考えて、できることやってって。オレらも、とにかく、感染予防につとめて、感染を拡大させないよう抑えこむだろ?」
「うん」
「そうやって、あがきたい。……みんながハッピーになれるように」
天平はそう言って、にっ! と笑った。
みんながハッピーになれるように――天平はそう言ったけれど。
人にはそれぞれ、その人のハッピーがある。
「みんながハッピー」は、とても難しいハッピーだ。
だけど、だからこそきっと、目指す意義がある。
東京オリンピックも、東京パラリンピックも――。
別にそんなの、もともと興味ないからどうでもいいよ、って人もいるだろうし。コロナでそれどころじゃないって人もいるだろう。
だけど、楽しみにしてきた人、情熱を傾けてきた人もいるだろうし。人によっては死活問題になっている人もいるかもしれない。
ゲームやマンガのように、一度やってみて、うまくいかなかったら過去に戻ってもういちど選択し直せるならいいけれど、現実はそうはいかない。
これから、大人たちがどんな選択をするのかはわからない。
だけど、どんな選択も、僕たちの未来の糧になる。
僕たち子供にできることなんてたいしてないけど、それでも、大人たちと一緒に僕たちも、大きな問題に向き合っていきたいって僕は思う。
そしてそんなとき、意見を分かち合える友達がいるのは――何より大きな力になる。
新型コロナウィルスで人と人とが分断されたって言うけれど――人と人との結びつきは、簡単に断ち切れるものじゃない。
僕はそう、信じてる。 了
読んでいただいて、ありがとうございます。
「心樹医・空 ソラ」の連載の途中ですが、東京オリンピックとパラリンピックについてのことなので、先にこちらを書きました。
この作品は「秘密組織に入りませんか?」というシリーズの特別編になります。
本編として「秘密組織に入りませんか? 第1話 わはわでわでわ?」があります。本編では「みんなのハッピー」を実現するための「ソウ力化プロジェクト」や「超個人主義」などの考え方を書いています。
本編に登場するクラトとミヤが語り合う「メンタル・サプリ・ストーリー 心の仕分け人と針の番人」もあります。これは、母親が弟をかまってばかりで自分にはつらく当たることを、ミヤがどう受け止め、心を守っているかを書いています。自ら死を選んでしまうことがないよう、思いつめている人の心を少しでも軽くすることができないかと考えたものです。
「秘密組織に入りませんか? 特別編 新型コロナウィルスに関して」もあります。これは今作と同じ天平とユーリが2人で新型コロナについて語り合っているところを書いています。今作に出ている宝くじ式支援についても書いています。こちらは2人の会話だけで構成しているのですが、これでは少し読みづらいかもしれないと、今作はユーリ視点で書きました。
他に、「とりつき妖怪とかくれんぼ」という童話も書いています。こちらは、新型コロナウィルスを理解できない小さな子供に、新型コロナウィルスを妖怪に見立てて、妖怪にとり憑かれないようにマスクをしたり、手を洗ったりしましょう、と説いています。
どの作品も、伝えたいメッセージが書かれていますので、ぜひ、読んでみてください!
次回の投稿は「心樹医・空 ソラ」の続きの予定です。こちらもぜひ、読んでみてください!