ミゼン16
「いやぁ、うれしいこと言ってくれるねぇ」
「ほんっと、悪趣味ですね、あなたは」
扉越しのくぐもった泣き声に耳をそばだてながら、ルクスはからからと笑っていた。
町中が寝静まり、外に出るのも許されなくなった現在、ルクスはクロ―ヴィスの心の叫びを聞いていた。
勿論、これらの行動は単にルクスの興味本位によるのではないが、その側面を全く持たないわけではない。
ルクスは扉に背凭れながら、軽く髪を持ち上げる。夜のしおらしいキャンドルの香りが、廊下の壁からほのかに香る。
「僕は万能でなければならない。その為の多くの努力の一つさ」
「はいはい。貴方はそう言う人でしたね」
バニラが行儀よく二人を見送ったのに対して、ルクスの行き過ぎを止めるために彼の隣で壁にもたれ掛かるピンギウは、やや無作法な非難の視線を彼に送る。
「しかし、僕としてはもう一つ悪趣味だと思うところがあるんですけどね……」
ピンギウは壁にそっと耳を当てる。彼の耳に、冷えた感触が触れた。
暫く視線を受けていたルクスは、壁越しの咽び泣く声を受け、そっと顔を持ち上げた。
「僕は貴族だ。君達には不合理に思うかもしれないが、やはり血は争えないということだろうね」
ルクスは扉から身を起こし、窓に切り抜かれた夜景を背にして、ピンギウに語り掛けた。
「僕は自分と対等に論争を出来る男に、そのペンと唇で打ち負かされ、断頭台に立つのならば、胸を張ってこの魂をカペラに捧げる事が出来るだろう」
星々の瞬きが降り注ぐ。キャンドルの微かな逆光の中に、好戦的な瞳がぎらぎらと輝く。それは嗜虐的な猫の瞳であり、佇まいは宛ら熊のごとく尊大であり、剥きだす牙は獅子のごとく獰猛であった。微かな星の白色をピンギウに披露するように、彼は同意を求めて首を傾げる。ピンギウは暫く黙って見つめ、そして、呆れて溜息を吐いた。
「……庶民にはわからない感覚ですね」
「ふふふっ、それでいいんだよ。それで」
ルクスは普段の気障な笑みに表情を正す。燭台の炎が一瞬大きく燃え上がった。
寝静まった静寂な廊下に、二人分の靴音が響く。彼らは自室の扉を開けると、物音を立てないようにゆっくりと、扉を閉ざした。