ミゼン12
さて、ここで少し時間を巻き戻し、バニラとピンギウの観光の様子についても言及しておくのが良いだろう。この生真面目な学生達は、ミゼンの歴史地区となっている旧市街地に殊の外関心を持った。この市街地はカペル王国の中でも特に歴史が古く、また、首都ペアリスのように王の都市計画に従って改装がされていないため、彼らには見るも新しく、エキゾチックな風景に対する好奇心が駆り立てられたためだ。彼らは凱旋門からいったん離れ、市門へ向けてゆっくりと散策を始めた。
バニラは、古い建造物に特有の傷跡や修復痕を観察しながら、町並みにそぐわない色彩豊かな服の波に逆らって歩く。空気は建造物に似て澄んでおり、目新しいものの代わりに備えられた、上裸の男や胸に手を当てて衣服の裾を持ち上げる桂冠を被る女達の像を眺める。
暫く二人は無言でこれらの建造物を観察していたが、バニラはふとピンギウの方を向いて尋ねた。
「この町は、植民市だったんだろう?どうしてここまで整備されているんだろうか」
「交易の中継地だから、市政の自由がきいたのかもしれませんね」
「市自体が金を持っていて、金で自由が買えたのか」
「あるいは、金を持ち寄った自由市民が、交易路を築いたのか。僕はこの町が初めてなので、なんとも言えませんが」
中腰を直したピンギウは、腰を叩きながら答える。小さな掛け声は酷く年老いて聞こえる。日差しを避けるために半分閉じられた瞳はどこか不機嫌にも見え、がたいの良さと相まってやや威圧的に見える。バニラは腕を組みながら、等身大の石像を一瞥した。
「確かに、これだけお金をかけたんだから、金持ちがいないとなかなか難しいだろうけど」
男性の像は上半身が筋肉質で、像の顔も精悍である。端正な白い肌は勿論だが、やや巻き気味の癖毛から覗く目も、立体感があり、英雄らしい目力が備わっていた。
「まぁ、だとしても。これらは後世に置かれたものだと思いますね」
ピンギウは再び歩き出す。バニラも後に続く。
「どうして?」
「うぅん、何といいますか。建物に比べて色彩が豊かでない感じがします」
バニラは首を傾げる。建物はこの道を歩く間中、白い建物しか見ていない。ピンギウは暫く歩き、市へと入場する際に一目見た開放的な集合住宅の前に立ち止まる。今日は住宅地の前に、農具のような簡素な武器を持った男二人が、粗暴な目つきで建物の前に控えていた。
「もしかしたら、元々のミゼンは、『白い町』ではなかったのではないか、と愚考します」
「白くなるように色を削ぎ落したのか?何故?」
「こうは考えられないでしょうか。『植民市の時代から、この町は貞操を守ってきたのだと主張したかった』と」
立ち止まって宅地を眺める二人を、警戒中の男が用心深く監視している。柱の隙間から彼らの日常風景が見える。彼らは糸を紡いだり、織物を織ったりしながら、一日が暮れるのを待っているらしい。
「つまり、意図的に色を削ぎ落したのか!?」
バニラは思わず大声で聞き返した。声に反応した警戒中の男たちは、眉を持ち上げて彼を凝視している。バニラは頭をかいて笑い、男たちに手を振って謝罪した。警戒心の貼りついた顔は中々ほどけることは無いが、彼らは一度話し合う事に決めたようだ。
「あくまで、憶測なんですが。でも、まぁ、すっかり町に馴染んでこそいますが、あの石像にはその削り痕があまりなかったので」
ピンギウは警備の男二人が近づいてくるのを見て、手を挙げて挨拶しながら道を急ぐ。バニラも慌ててそれを追いかけると、間もなく日時計のある環状交差点へと辿り着いた。始め、先入観なく眺めた時には古代技術の粋を伝えていた日時計は、今はどことなく古臭い代物のように思われた。日時計は真っ白な体に日光を反射させて、長い針の影を落としている。
「さ、ここからあっちに向かうと、ギニョール劇場ですよ。本物の古代の遺産です」
ピンギウは口の端で笑って見せた。バニラは西へ進む指の向こうを追いかけて、小さく笑い返した。