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ミゼン11

「あああああああぁぁぁぁぁぁ……」


「一体何があったんですか……」


 酒場で酒を仰ぎ突っ伏したクロ―ヴィスを見て、バニラはあきれた様子で言った。席にはミゼン名物のベーコンを散りばめたサラダや、酒のつまみに良いグラトンなどが置かれている。いつもならば酒ばかり進むのはピンギウだけだが、今日ばかりは理性を失ったクロ―ヴィスも、浴びるように酒を飲む。

 勿論、それに負けない程の酒を黙々と仰ぐ、理性を保ったピンギウもまた、紛れもない酒豪ではある。


「まぁ、ねぇ?完敗したってとこかな?」


 ルクスは赤ワイン片手にからからと笑う。彼の手元にあるミゼン名物のソーセージは、肉のほかに香料やオリーブを混ぜた高級品である。通常、バニラではとても手が出せない。


「あぁ……。それで、演劇が傷を抉った、と……」


「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!うぉぉぉぉぉおぉぉん!」


(駄目だこりゃ)


 バニラは泣きじゃくる子供を見ながら、名物料理を口に運ぶ。ミゼン名物のソーセージは、通常輪切りにして他の料理に添えられることが多く、彼はパンに乗せてこれを頬張る。上質な肉特有の、あまり多くない脂身が癖も少なく、香料のために豚肉特有の匂いも気にならない。オリーブの風味も程よく喧嘩せず、パンに塩気を加えるのに非常に心地が良い。


 バニラはこれに満足し、燻製肉であるベーコンを大量に塗したサラダに手を付ける。クルトンと半熟のゆで卵を落としたサラダは、レタスやグリーンリーフと共に和えられ、黄身の色味が合わさって美しい。

 これを一口分よそい、バニラはベーコンと絡めて口にする。瑞々しい野菜のシャキシャキと言う食感も、貧乏な彼にとっては想像を絶する美味である。


「しかし、こんなことになるなら首を突っ込まなければよかったのに」


 ピンギウはひたすら酒を仰ぎながら言う。彼の手元には、もはやグラトン以外に必要ないだろう。酒とグラトンを交互に口に含みながら、彼は泣きじゃくる男を冷めた瞳で見下ろした。

 クロ―ヴィスは真っ赤になった目を向けてピンギウに吠える。


「うるせぇ!男にはな、負けられない戦いがあるんだよ!」


「負けてるじゃないですか」


「ヴッ……!」


 クロ―ヴィスは鬼瓦のような表情を作る。引っ込んでいた涙の代わりに、彼は鼻水をすすっている。


「まぁ、まぁ。あまりいじめてあげないでくれ。よい応報になったじゃないか」


「お前は教育刑論者だろうが!」


 クロ―ヴィスは再び吠え、そしてすぐに机に突っ伏した。流石に同情したバニラは、これ以上彼について言及することを控え、ルクスも一度頭を撫でる。勿論、この行動はこの身勝手な男に振り払われた。


「しかし、ミゼンはいい町ですね。本当に、ペアリスにも劣らない」


「古くから、川のある所に、人が集まるからねぇ。ミゼンはカペルでも有数の穀倉地であり、交易の中心地でもあるが、どちらも、この川のお陰なのだろうね」


「砂漠の中心にも、川が氾濫してくれれば養分が行き届く。農耕ほどの発明もないよ」


 ルクスは川の恵みたる赤ワインを回しながら、その香りを楽しむ。大衆食堂よりはいくらか静かな店内には、光と、宝飾品や、聖職者の姿もある。


「ミゼンは世俗の娯楽に溢れていますけど、聖職者としてはどうなんでしょうね」


 ピンギウは、周囲の客を見回しながら尋ねた。ルクスは唸り声を上げる。


「ううん、確かに、祭りの時には羽目を外す人もいるし、不満を持つ聖職者も少なくないが、そう言う社会になれている都市だというのも事実だ」


「つまり、罪もうやむやになるんですね」


「この町の教会としてはね、事を荒立てずに済むほうがいいんだと思うよ」


 バニラは、ペアリスの中心街を思い起こした。銀行や商業ギルドが軒を連ねる辺りが最も賑やかで、教会の前はどこか厳かかつ穏やかになりがちだ。勿論、都心にあるような教会は別だが、例えば、バニラの住む学舎周辺であれば、娯楽施設が盛況することの方が多い。


「ミゼンは特に、そう言う印象の強い町ですね」


「まぁ、羽根を伸ばせる大らかさも、人を集める理由なのかもしれないね」


 バニラは無意識にソーセージを齧る。程よい風味と肉汁の味が、どこか背徳感を煽る。


「確かに、美味しいです」


「……うまい」


「だからクロ坊も食べ給えよ、多少元気になるよ?」


 ルクスはソーセージをフォークで取り、クロ―ヴィスの口にねじ込む。彼は咀嚼し、飲み込むと、小さな声でこう囁いた。


「美味いじゃねぇか……」


 暫くして彼が顔を持ち上げると、目の前のご馳走に、瞳の光が戻る。ソーセージを完全に飲み込んだ後、彼は自分のグラスを持ち、天高く掲げた。


「よぉーし!ヤケ酒の後はやけ食いだ!こいつらをあのカップルだと思って食い尽くしてやる!」


「見事に消費してるじゃないですか」


 バニラの言葉に聞く耳を持たず、彼は机上のご馳走を交互に貪り食べる。


「明日には元気になりそうだねぇ」


 ルクスはそう言って笑う。バニラも思わず顔を綻ばせた。


 三十分で半分減っていた料理は、それから十分で空になった。


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