表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/155

ペアリス9

 カペル王国……。美と花冠の女神カペラを主宰神とする、美と恵みと食の国。その政治的、文化的中枢であるペアリスは、世界的に見ても文化先進国として名高い。古典の時代に最初に文字の記録を残した光の主神ヨシュアを奉ずる教会の第二の庇護者であり、俗語による記録は他国に先んじて、豊富に残っている。


大陸の肥沃な土壌の多くを獲得したカペル王国は、世俗の騎士であった初代国王フランツ・トゥアのペアリス入城によって始まった。彼は英邁な騎士団を引き連れた大陸最初の王となり、ペアリスを中心として世俗権力の統合を試みた。

彼に次いで生まれた王(一般的には皇帝)がエストーラであり、この国は貴族選挙制度を実質的に完全に掌中に収めることで世襲を完成させたが、ペアリスではそもそも貴族選挙と言う概念すら生まれないまま、即ち政敵が悉く力と、権謀術数と、豊富な資源に屈していく事で、君主に権力を一本化した。


フランツ・トゥアが作り上げたもう一つの発明、それは世界共通の計算貨幣と、それに伴う金銀銅硬貨各種、つまりリーブル硬貨の鋳造を開始した事である。これにより、ペアリス周縁部は経済的発展を遂げ、農業、工業、商業の三業態が大いに栄える事になる。流通の発展に伴い、異境からの珍しい品々が店舗に並ぶようになると、文化爆発が生じ、現在ではカぺーリストとも呼ばれる、ペアリスの先進文化を奉ずる人々が誕生する。その結果、ペアリスは数世紀にわたる長い伝統的世襲統治による政治的な中心地としても、新たなる文化の発展の地としても、他国から羨望の眼差しを受ける事になった。


完全無欠のこの国を支えたのは豊富な資源と優れた魔術的素養を持った民族だ。文化発展期には、大聖堂が各地に建立され、花の都ペアリスに次ぐ大都市が各地に発生した。そして、これらを繋ぐ行路と、聖地を繋ぐ行路とを組み合わせる事によって、グランド・ツアーは産声を上げたのである。



教科書的な説明を終えたモーリスは、乾いた口を水で潤し、年相応の疲労した笑みを零した。学生一同がこの狭い荷馬車の中で、ただ一点だけを見つめている。荷馬車のささやかな装飾画である、「フランツ・トゥア」の入城である。


恩師の言葉が途切れると、すかさず、ルクスがクロ―ヴィスに向けて、絵を指さして訊ねる。


「クロ坊、この絵についてどう思う?」


 言葉を受けて、クロ―ヴィスは目を細めて絵を見つめ、そして、皮肉めいた笑みを浮かべて答えた。


「時代考証が全くなっていない。見ろよ、あの鎧は現代のものだ。それに騎士入城の時点ではまだペアリス王の王冠、つまり花を象った冠は存在しない。これは教皇から賜ったもので、この時点で身に着けているのは「ありえない」。それにほれ、フランツ・トゥアは政治的な傑物だったわけだが、入城の時もペアリスを兵糧攻めで追い詰め、ここで包囲していた各所の騎士との契約も全て文字通りの領地分割契約による絆だ、歓待される様な代物じゃあない」


「結構なお手前で」


 ルクスは大仰に首を逸らして言う。勝ち誇った顔の小柄な男が歯を見せて笑うと、彼は、今度は肩を浮かせて高笑いを返した。


「そう、時代考証は滅茶苦茶だが、それ以上にこの絵画の重要性は政治的な刷り込みの意図が大きい。カペル王家の王冠は統治と信仰の象徴だが、これを持たせる事によって、彼の正当性を示すために多くの奇跡を演出した。つまり、君達を騙すための絵だ」


「権威とは常に正当化によって齎されるもの。ペアリス大学の権威も、教皇の権威もね。この旅を通して、君達は大学の権威からは学べない多くの事を学ぶと良い。私は、それを期待している」


 モーリスが言う。カペル王家の栄華は未だ盤石であり、澄み渡った空には陰り一つない。

それでも途切れ途切れの雲は点在し、見えない星々の真下で、草原のうねりは風に従って不規則に揺れ動く。巨大な馬車の列が通り過ぎるたびに、景色は徐々に都市から田園風景へと移り変わる。腰を曲げ、有輪犂を首輪に付けられた牛の後ろを歩く農夫、肥沃な土を支えるよく発酵した肥料の嫌な臭い。若き学生たちは、まず初めに洗練された首都の外にある光景、城壁に隠された向こう側の世界についての知見を広げる事を求められたのだった。


もっとも、彼らがそれを認知するにはまだ若く、楽しみに飢えている事を、この年老いた教授もよく知っていた。そのため、彼らの旅初めの夜宴に対して、苦言を呈する事もしなかったのである。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ