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ミゼン5

 人々を守る建築物にの中には、軍事的な要塞や城、城郭、関所、兵舎などの軍事設備のほかに、教会がある。教会は、都市での略奪や暴行の狂乱の中で、唯一「奪うことが許されない場所」として佇み、侵入者から市民を守る。この聖堂もまた、大人数を収容でき、敵の横暴から彼らの身を守るために、利用されることを想定している。


 一行は、この荘厳な建造物に入り、バシリカの長い廊下を進む。側廊は、無数の支柱‐‐それらはいずれもドーリア式のもの‐‐で支えられ、装飾は簡素だが重厚な礼拝所の雰囲気によく馴染んでいる。

 中央の祭壇に至るまでには複数のステンドグラスがあり、そこには神一柱ごとにイコンを添えた全身像が描かれていた。


 まず初めに顔を見せる神が、ムスコール大公国の主宰神にして、雷の神聖オリヴィエスである。猛々しい雷を纏った暗雲に乗る、筋骨隆々の男性として描かれ、その背後にはイコンとして虹の雷(オーロラ)を帯びている。

 その隣に位置するのが東の帝国エストーラの主宰神、戦いの守護神聖オリエタスである。彼は弓を持った青年として描かれ、その脇にはエストーラ皇帝の宝剣を帯び、左の手には黄金の地球儀を持つ。彼が携えるイコンは痩せた猟犬であり、猟犬は主人の顔色を窺うように首を持ち上げている。


 暫く長い廊下を進めば、次には海洋都市国家であったエストーラ領ウネッザの主宰神、旅と商いの神聖マッキオが描かれる。聖マッキオは人々に福音を伝えた伝令の神として、長く町から町へ、島から島へと旅をしたウネッザで信仰されてきた。彼はやや痩身の高身長な中年男性として描かれ、旅装束を身に纏っている。彼の手には神の言葉とされる聖典、腰帯には石の硬貨、そして、イコンであるカンテラを持っている。

 その向かいには、やや扇情的な、一枚の布を身に纏った女神、カペル王国の主宰神カペラが、祭壇に視線を向けて佇んでいる。彼女の頭にはイコンでもある花冠が飾られ、一杯の水を満たした洗礼の儀に使われる銀の盃を手に持っている。これは、カペラこそが地の恵み、豊穣の母神であることを示すものである。


 さらに聖堂は深くなっていく。白を基調とした大理石の壁と、ステンドグラスから差し込む光が、聖堂を明るく照らしている。そして、ほぼ等間隔のところに、再び神のステンドグラスから光が差し込んでいる。


 運命を司る神フォルカヌスは、祭壇のすぐ横で、イコンである車輪に座りながら聖堂に光を齎す。右人差し指と小指を天に向けて差し、豊かな表情を持つカペラとは対照的な無表情で来訪者を出迎えている。彼女は座する運命の車輪を回し、人の世を動かす神として知られ、その役割から、代替わりや滅亡を恐れるため、国家の主宰神としてはあまり人気のない女神である。一方で、人生訓や模範人生図などでは、人間の生涯を描いた車輪の上に描かれることが多く、ポピュラーな一柱である。


 その向かいには、プロアニアの主宰神、ダイアロスが在る。彼は工房の神として名高く、カンナや鋸、釘や金床と共に描かれる。ここでは、気難しそうな険しい表情の老爺であり、立ち姿として描かれるために金槌を携えている。彼の背景には青一色で飾られるが、これはアクタイオンの狩りと言われる、夜景を表現した逸話からとられたものである。


 そして、学生達は、三段高い祭壇の前に至る。祭壇を見上げたバニラは、そこに一切の色彩が無い天窓があることに気が付いた。

 ステンドグラスによって着色された神々の似姿の中心に、神を象る無色の天窓から、そのままの色で光が降り注いでいる。天窓の周りには、大理石の継ぎ目を隠すようにして、放射状に鍛造された銀盤が嵌めこまれ、淡い光を反射している。


「……ヨシュアだ」


「いかにも」


 祭壇の裏から声が響く。重くのしかかるような低い声の主は、聖堂付司教のものであった。


「君たちにも見えるであろう。見えざるが故にあまねく照らす光と言うものが」


「そのために、わざわざ、無色の硝子を利用したんですね」     


 バニラの言葉に、司祭は頷く。彼はモーリスの姿を認めると、友好的に握手を交わした。モーリスの暗い衣装が、降り注ぐ光の粒子の中ではよく目立つ。


「ヨシュアは、光の神にして、教会の象徴、即ち神々の上に立つ神だ。ここまで長い身廊を歩いてきたが、そこで出会った神は、遍く降り注ぐ光ほど普遍的ではない。花は枯れ、技術は換装し、旅は終わり、運命は人と共に断絶し、戦いは決着し、雷は止む。しかし、光は、『無くしてさえ在る』と言われている」


「大旅行の参加者だね、君たちは。よい機会だ、ヨシュアのイコンを紹介しておこう」


 そう言うと司教は、空におわす、放射状の銀盤を指さした。


「あの光の筋こそが、ヨシュアのイコンだ」


「……そう言えば、必ずあるな、あの放射線」


 クロ―ヴィスは真剣な表情でそれを見上げる。「神」の似姿の中心に纏わりつく、放射状の銀盤は、光の陰になってやや黒ずんで見えた。


「ふむ。形を持たないとされる神には、形を持たないイコンがある、か。道理で他の神とは違う扱いなわけだ」


 ルクスは天窓から差す光の先を見つめている。ぽっかりと穴が開いたように白く浮かび上がる床は、真っ白に磨かれた大理石で出来ていた。ルクスは思いついたように口角を持ち上げ、司祭を見る。


「では、宛ら教会は、神を演出するイコンであるわけだ」


「なるほど、面白い見解だが、ここは礼拝をするところだ。少しだけ違う」


「いや、どうだろうな。礼拝するには人間は具体化する方が頭に入りやすいだろう。教会ってのは、だからこそ、重厚で荘厳なんじゃないのか?」


「或いは、信仰心ゆえに、神を過剰に演出する人の愚かしさか」


「演出するまでもなく、神は在ると言うのに?」


 ルクスはピンギウの発言に指を差して同意の意図を示す。学生達は口々に語るが、司祭はすました表情で黙り込んでいた。


 バニラは危険な雰囲気を感じ取り、彼らの会話を止めようと、あれこれと横槍を入れる。広い礼拝堂に反響する彼らの声は、徐々に大きくなっていた。

 収まりきらないと悟ったバニラは、一先ず司祭に頭を下げる。司祭は顔をしかめてゆっくりと首を振る。


「面白い。では、君たちは、これをどう見るだろうか?」


 司祭はゆっくりと聖遺物の残る箱を取り出した。そこで途切れた彼らに対し、司祭は寄進用の箱を差し出し、一人ずつから寄付を受け取る。彼は金額を確認すると、聖遺物の箱を丁寧に開けた。


 姿を現したのは、黒焦げの木片である。硬く真っ黒に変色した木片は、細く頑丈なもので、真っ黒な中に白い灰が微かに塗されるようにかかっている。


「木片だな」


「そう、神の恩寵を示す、聖遺物『聖オリヴィエスの落雷木片』だ」


「……想像以上に普通だな。なんか、こう。でかいのかと思った」


 クロ―ヴィスは率直な感想を述べる。


「皆そう言うが、参拝していくと良い。病魔も逃げるぞ。それこそ、毎日参拝すれば、特にね」


 司祭は口の端で笑う。クロ―ヴィスとルクスは顔を見合わせ、みるみる笑顔になってわざとらしく手を合わせた。


「これが神の恵みか!」


 バニラは暫く聖遺物を眺めてようやく、この教会の二百段が、運動不足の解消に役立つという事に思い至った。


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