表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/155

ミゼン2

 ミゼンの正門から入場すると、まず初めに眼前に広がるのは古代の香りが残る旧市街である。白い石造建築が並ぶ周辺には、観光客や富豪たちのための土産物や嗜好品を売る屋台が設けられている。旧市街の中央には巨大な石造の日時計が設けられ、この時計を中心に、環状交差点のように、各方角の大通りと連結している。


 この環状交差点を、馬車はその他の車両と同じように右回りに回り、北西方面へ延びる大通りへと入っていく。

 この大通りは旧市街の石造建築が立ち並ぶ、異国情緒のあふれる町並みであり、剥げたり削れたりした壁面から、白い粉末が削ぎ落ちている様や、このような穴を石膏で埋めなおした跡などが数点残されている。全体的に四角く傾斜の少ない建物が多く、屋根も鈍角であった。平坦な建造物の中には、カペルの旅路で出会ったような家具や設備が並ぶ。白い壁が焦げて黒くなっているのはパン焼き窯のあるパン焼き工房のみで、それ以外は一点の曇りもない。


「『翳ること無き白絹の町』とは、よく言ったものだ」


 ルクスは目を細めて微笑む。バニラの視線が、様々な建物へと移る。


「ミゼンのことですか?」


「そうだ。ミゼンはかつての植民市時代から長く続く伝統として、白い石造建築を作り続けてきた。王国併合後にこれが収まると、今度は都市開発により白い建造物が稀有なものに代わり、ミゼンに残る建造物は形を変えて、私達を魅了し続ける、という事だ」


 バニラは町並みを眺める。くすんだ白を基調とした古い街並みに、場違いな衣装を身にまとった人々が往来する。脚のラインを強調させた、体に貼りつくようなズボンを履いた肩幅の広い男、靴まで隠れる長いキルトのスカートと、三角形の帽子を頭にのせた女性、殆どぼろ布を纏っただけの貧民だけが、古来より変わらずにそこにいるように思われた。


「あれは、集合住宅ですか?」


 バニラは、通過する建物の中で、ひときわ異彩を放つ建造物を指さす。その巨大な建物は扉を持たず、柱のみで天井を支え、扉さえ一つも持たない。正面から一瞥すれば、建物の内部を一望できた。

 内部まで吹き抜けの巨大な建物に突き出したベランダなどは殆ど見られない。その代わりに、解放的な柱の間から、バルコニーが内部に突き出し、側廊のような幾つかの空間が存在する。肩の高さまである柵だけで仕切られたこれらの小部屋では、無防備な子供や、内職中の女性たちが、胡坐をかいて過ごしている。


「相当古い時代の建物だと思うが……なんとも開放的なものだ」


 ルクスは建物を覗き込みながら、口元を歪める。吹き抜けの大空間には一階、二階に同様の仕切りの空間があり、中には柵から手を忍び込ませて荷物を捕ろうとする空き巣の姿もあった。


「ありゃあ長い棒でも持っていったら盗みたい放題だな」


 クロ―ヴィスは手近にあった杖を持ち上げて馬車の天井を突くように上下させた、これをルクスは黙って取り上げる。短い悲鳴の後、小さな舌打ちがする。


「用心棒を雇わないと駄目ですね」


 空き巣は荷物を首尾よく掴むと、それを懐の中に仕舞い、足早にその場を立ち去ろうとした。


「少し、人助けしてあげようか」


 ルクスはそう言うと、指をくるりと回す。同時に、何もない空間で突然摩擦を失ったように、空き巣がひっくり返って尻もちをついた。その際に、懐に隠した荷物が散乱する。慌てて拾おうとした空き巣の尻に、住民たちが群がってズボンを引っ張る。空き巣は荷物や、半分ずり落ちたズボンをそのままに脱出した。


「まぁ、さすがに金目のものはなさそうだな」


 クロ―ヴィスは、飛び散った荷物に目を凝らして呟いた。馬車が建物から離れていくと、奥まで見えていた大空間が、途端に建物の陰に隠れてしまう。


「もう少しいったところに、聖堂があるよ」


「なんだか濃い町ですね……」


 バニラはペアリスの酔いそうな混雑を思い浮かべながら言う。


「そりゃあお前、大都会だからな」


 そう言ったクロ―ヴィスは、馬車の御者台を覗ける覗き穴から、外の様子を眺める。馬車は真っすぐに進み、やがて、古い建物が見られなくなる辺りで左折した。

 大通りから少し逸れた、馬車が二台ほど通り抜けられる道に差し掛かると、教会の尖塔が顔を覗かせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ