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ラ・サーマ4

 夜の淫靡な雰囲気は、どこの町でも学生達を貪欲にさせる。ラ・サーマの胸に煤を纏った像が、手に蝋燭を灯す頃、学生達は部屋の中で何度も寝返りを打っていた。


「寝れねぇな」


「寝れないねぇ」


 ルクスとクロ―ヴィスはむくりと起き上がる。寝静まった部屋の中で、バニラとピンギウの対照的な寝息が聞こえた。


 クロ―ヴィスは体をほぐすと、月の高さを測る。彼は一分ほど月を見ながら、「深夜の二時ってとこだな」と呟いた。


 生真面目なバニラやピンギウとは対照的に、クロ―ヴィスとルクスは、唐突に欲求不満に襲われれば、それを紛らわす快楽を求めずにはいられない。ストレスを酒で流し込むのとは違う類の、背徳感を感じるような興奮を、彼らは求めていた。


「今の時間では屋台などもってのほかだし、今下品な店に行くのも少々気が引ける。さて……どうしたものか」


「カルテは?」


「悪くはないが、気分ではないね」


「なんかぱぁーっと、したいよな」


 悪童クロ―ヴィスは目いっぱいに身振りで大きく手を広げた。


「ふむ、では。気晴らしに散歩にでも行こうか」


「お、いいね。妙な出会いもあるかもしれねぇ」


 クロ―ヴィスとルクスは嗜虐的な笑みをこぼす。彼らは外出用の服装に即座に着替えると、窓を開け、手近にある布を結んび合わせて、窓から垂らす。クロ―ヴィスがこれを引っ張り親指を立てると、ルクスは頷いてこの布のロープを掴んだ。


 殺風景なシーツだけの寝室から一歩外に出れば、屋根の上には漆黒の闇が広がっている。瞬く星の数も出そろい、月はその中心を堂々と闊歩している。夜を独り占めした二人もまた、再侵入の算段と防犯を兼ねて、ルクスの魔法で布を階上に回収させてから、後腐れなく、散歩に出発した。


 マイルストーンの役割も果たすジェイン像は、夜中に人が通るたびに胸元に灯が灯る法陣術が組み込まれている。ルクスは灯る前に指を弾いてこれを強風や放水の魔法で吹き消しながら、鼻歌交じりに町を歩いた。


「こうやって見ると、この像ってのは中々不気味にも見えるな」


「精巧な人の立像が佇む図、と言うのは、確かに夜に見ると少々恐ろしいかもしれないね」


 クロ―ヴィスは立ち止まり、不思議そうに首をひねる。ルクスが振り返ると、一拍おいて彼が言葉を返した。


「……お前にも怖いものってあるんだよな」


遠吠えが彼方から響く。茨の城壁が黒い影となって、地平線を覆っている。ルクスは、水はけの悪い土を地面に捩じりつけるようにしながら、右回りに向きを戻した。


「はっはっは!僕に怖いものが無いなんて、困った冗談だね」


「そういう態度をとるから怖いものなしだと思うんだろうが」


 クロ―ヴィスはむくれて早足でぬかるむ上を歩く。水溜まりが自分の顔を映した時、彼は恨めしそうにルクスの方を睨んだ。


 飄々とした笑み、思想の深淵が異郷まで旅立ったような、吸い込まれそうな微笑である。彼は目のやり場に困り、そっと視線を前方に戻した。


「俺はな。お前の考え方が嫌いだ。正しい在り方ってもんは、人によって違うもんだろ。知性を求めるだけってのも違う。感情と論理を天秤にかけて、どっちが正しいかってのも、そいつらの解釈だ」


 ルクスは笑みを崩さずに、クロ―ヴィスの後を追う。燃え上がるたびに消える灯の魔術が、瞬時に彼らの表情を隠してしまう。ある者は吐き出すように。またある者は、答えを知るかの如く冷徹に。


前頭葉切截術(ロボトミー)なんて思いつくのは、貴族だからか?それとも、お前が正義に相応しいからか?」


 クロ―ヴィスは、木造の、名も忘れ去られた古教会の前で振り返る。月光は傾き、空は降り注ぐ星の瞬きによって支えられている。ルクスの眉間が僅かに動いた。


「……では、君は。罪人をどう正すのかな?正しさを定義するから断罪する。律法を学び、論理に当てはめたとき、()()()()()()()()()()()()()()()?」


「だったら聞くがな。お前はこの、矮小な肉が、絶対不変の真理にたどり着くと思うのか?正しさに間違いがあった時、罪人が正しかった時、理性を切り取ったお前達に責任はないのか?」


 教会は失われた技術を背負って聳える。ルクスは目を細め、真っすぐにクロ―ヴィスを見つめ返す。彼は静かに両手を肩の高さに挙げ、何度か手を握り、開きを繰り返す。そのたびに、彼を両側から捉えるマイルストーンの聖女が明滅した。


「それを背負うのも僕たちの務めだ。貴族とは、そう言うものだ。違うかな?」


 クロ―ヴィスの髪が逆立つ。ぎりぎりと歯軋りをする音が、静寂の中で響いた。


「違うだろ……!学堂は平等に開かれてんだ。俺とお前がどうして額を突き合わせて語り合える?それは、俺達が人間だからだろ。だったら、罪は平等であるべきだ。それどころか、簡単に罰が正義に適っちゃならねぇんだよ」


 ルクスは眉をひそめ、こめかみを叩く。それは、煮詰まらない議論に彼が辟易している合図だった。


「……人間の脳は簡単に変えられない。罪人は罪人。事情は違えど、反省するかどうかはこちらからは見えない。だから教育を施す。君の言うような秩序では、罪は無くせない。そして、その秩序を維持するために、幾人の財貨を貪るべきか?答えは一つだ。()()()()()()()()()()()()


 クロ―ヴィスはルクスの胸ぐらを掴む。聖女の手から真っ赤な炎が灯った。ルクスは不完全な瞳に映った輝きを見下した。瞳の中には、明確な正義が存在しない。しかし、その瞳は、明確な悪を捉えていた。

 胸ぐらを掴まれた男は、思わず口角を持ち上げる。

 応報刑とは、罪に価値を付け、天秤で測る行為である。その上で、それに見合ったと思われる罰を科す。罪に対する罰、それこそが正義だと、年若い青年は語る。しかし、どうだろうか?ルクスの瞳には、その天秤はあまりに恣意的に映る。然らば、天秤がフォルカヌスの車輪の上を転がり続ける限り、罪は途切れる事を知らないだろう。

 彼の論理は実に合理的である。第一の正義を定義する。そこに恣意性を込めてでも、合理的に罪を定義する。罪にそぐわないものには罰ではなく、正義に「導く」。悪は断絶し、思想は正しい方向へ向く。こうして世界を画一的に正しい方向へと導いていくのがよい。その為に、罪人の思想を隔離することは、果たして間違いであると言えるだろうか?


 彼にしがみつく手は、小さくはあったが、熱の籠った手ではあった。この手をゆっくりとつかみ、徐々にその手に力を込める。クローヴィスが顔を歪ませる。


「まぁ。君がいう事も大事なことではあるがね。罪には相応の罰で十分、一般的な人々には罪の抑止に働くものだ。漏れ出た者にしか、こうした荒業は使わないさ」


「放せよっ!」


 クロ―ヴィスは乱暴にルクスの手を振り払う。手首に青あざが出そうなほど、爪を立てて握り返された自分の手を掴む。


「今日は良い夜だね」


 ルクスは月を見上げる。途切れた雲の切れ間からは、青白い光が降り注いでいた。



プロアニアは素晴らしい!


技術の都、妄信の撤廃、信仰ならざる者への信仰!


それに比べて、辺鄙なカペルの浅ましさよ!


花冠に口づけし、標準化未だなせぬまま


人も動物も、暢気に欠伸を漏らす始末だ


そんな奴らは牢に放り込み 水魔法で矯正しよう


白質切って再教育、そうすれば少しは目も覚めるだろう!


プロアニアのように元素を学び、向学逞しき人々には


もっと学びの場も出来る 教育とはそう言うものだろう

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