ラ・サーマ1
それから二日ほどかけて、彼らはやっと草原の道を抜けて、聖女の横顔を遠目に見る事が出来るようになった。市壁は小ぶりで背が低く、あまり強い風が吹けば、張り巡らせた茨ごと倒れてしまいそうであった。苔生した後のような緑がかった市壁には、旅団が到達するまで疎らに馬車が入っていく程度の賑わいであった。
古風な市壁には、都市紋章を描いた軍旗が下げられている。紋章は、青を基調にしたもので、星を散りばめた中に聖女の横顔が描かれたものである。聖女の顔は金属色の銀、髪は金で代用され、桂冠にはベリーがあしらわれている。
馬車の行列が訪れると、門番が慌てて先頭を止め、マニュアル通りに客人を迎え入れる。慣れない手つきの門番の後ろで、腕を組んで黙ってい見ているのは、こちらも初老の兵士だ。
「こりゃあ、多分時間かかるぞ」
「それじゃあ、しりとりでもしようか。リンネ」
ルクスは何の気なしに言う。パスを受け取ったクロ―ヴィスも無表情で言葉をつなげた。モーリスも続け、馬車の一同が淡々と単語を並べていく。彼らがそうして暇を過ごすうちに、三周ごとに馬車が一つ、小さな市門へ飲み込まれていく。彼らの番がやってくるまでに、実に12周の単語の往復があった。
いずれもインテリな学生達である。文字の上での教養の高さは群を抜いており、各々が末尾に同じ文字を繋げる悪質な単語を繰り返した。
いよいよ出尽くしたという頃に、馬車は城壁を潜った。
「普通の都市だな」
「少し規模が小さいようにさえ思う」
「俺はペアリスしか比較対象に出来ないので」
「まぁ、素朴でいい町ではないか」
各々が好き好きに感想を述べる。実際、ラ・サーマは、一大観光地と言うには、余りに物足りない都市である。バニラはその特徴を探そうと窓から身を乗り出す。1区画ごとに聖女の立像があるだけである。バニラは鎧を身にまとった聖女を指さして振り返る。しりとりに飽きた連中が、ぼんやりと、通り過ぎる窓枠の数を数えていた。
「あれが、祝祭日に参拝される像ですか?」
モーリスが気づき、流し見て答える。
「そうだね。バニラ君、よく見ると像の胸元辺りが少し焦げているのがわかるかな」
バニラは既に通り過ぎてしまった像を見るのを諦め、次の像に注目する。一定の間隔で置かれた像は、胸元を真っ黒に焦がして、そのすぐ下で手を合わせている。
「本当だ……どうしてですか?」
「彼女を焼いた罪に準えて、胸元に炎をかざし懺悔すると罪を許されるんだとよ」
クロ―ヴィスがバニラの下をくぐって窓の外を覗きこむ。素朴な服装の通行人は、物珍しそうに町の様子を眺める兄弟を、不思議そうに目を瞬かせて見送っている。
「えぇ!?それじゃあ、聖女は何回焼かれたんですか?」
「それはもう数えきれないくらいだろうね。悲しいが、信仰とは見返りを求める行動なのかもしれないね……」
ルクスは車内を真っすぐに見つめたままで言う。
「まぁ、祈っている本人が幸福になれるならば、僕は止めませんがね」
ピンギウは静かに続ける。馬車とすれ違うたびに、ジェインの銅像は顔を俯かせて祈っている。それは胸元の焦げを気にしている仕草にも見える。
馬車は、未舗装の道を、泥を巻き上げながら進む。アヤメの花で飾られた民家が立ち並ぶ道を抜け、古い丘を削って建てられたシャトーを横切り、これまで見たどの教会よりも素朴な教会にたどり着く。
「木造なんですね」
「地方の教会って感じだな」
木造の教会はくすんだ茶色をしており、雨に濡れた尖がり帽子の屋根だけが、青く塗装されていた。正面の窓は狭く、礎石は白く丈夫なもので、周囲の建物よりも一段高い。
外観全体を通して、特徴的な木目がそのまま露出しているほか、ところどころにジェインを象ったステンドグラスが嵌めこまれている。
「しかし、カペルで木造教会を見られるというのは、中々珍しいよ」
ルクスは出番のない帽子を構いながら、外壁に触れる。薄く塗られた松脂が彼の手に着いた。
「その通り。ほとんどが、石造に作り替えられたからね」
モーリスの言葉に、ルクスは脂のついた指をこすり合わせながら微笑む。
「益々楽しみだねぇ。さぁ、早く入ろうではないか」
ルクスはスキップをしながら扉に近づく。バニラとピンギウは顔を見合わせて肩を竦めた。
雨天のまま濡れた馬がぶるんと身を振るう。御者は馬の体が冷えないように、学生達に先んじて厩を探しに消えた。
曇天の中で、編みこまれた青色の屋根が重く濡れる。一同は、開かれた木造教会の中に入っていった。




