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ラ・フォイ6

 翌日の朝、服飾ギルドに赴いた彼らは、各々適当な配置で客寄せを任された。ピンギウだけが日雇いの荷下ろし人の手伝いを任されたが、無言で荷物を運ぶ姿を、バニラは丁度目の前で見る事ができた。


 彼は早朝からひっきりなしにやってくる荷馬車から黙々と荷物を下ろし、欠員を埋められた店主を大いに満足させた。


 バニラは腹を摩りながらその様子を見る。彼も客寄せの仕事は何度かこなしてきたが、説教や平均的な商家の家庭教師などの方が居心地が良いと感じていた。


 今回も例に漏れず、商人特有の強い熱気が彼の周囲に纏わりついていた。


 彼は道行く人それぞれに、服は必要でないか、今の服で満足かなどを尋ねていく。応じる者には任された店を案内し、後を店番に任せる、と言う手法を取った。


 勿論、これは彼なりにできる精一杯の案内であり、店員もそれ以上を求める事はしない。代金は出来高制なので、案内されただけで店が損をすることも無いからである。


 ここで、彼以外の呼子の様子を確認しなければならないだろう。バニラの向かいで、南側に三店舗ほど進んだ辺りに、クロ―ヴィスがいる。彼は繁華街の店の前で、女性や大人の男性に甘えるように近づきながら、店舗まで引き込んでは、安価な布地やハンカチーフを買わせる。勿論身分に応じて買わせるものはそれぞれだが、敢えて手軽なものを選んで損失を感じづらくするのも、彼なりの戦略だった。

 自分の容姿を最大限に利用した、「幼稚な」戦術は、バニラのそれと比べると悪辣だが、成果の面でも購買者の満足感の面でも、バニラのものよりも大きかった。


 クロ―ヴィスからさらに東に五店舗進んだ辺り、丁度上流階級の住宅地が並ぶ商人街の末端にルクスがいる。組合の中で最も格式の高い店舗を任されていた。

 彼は持ち前の饒舌で道行く上流階級の足を止め、高額な衣装の仕立てを紹介する。その後、一部の客が店舗の細かな装飾品を買いに訪れる間を歩き、各人に一着ずつおすすめの生地を手渡した。これに満足した人々はこぞって仕立てに赴き、オーダーメイドの衣服を依頼する。貴族の気まぐれを存分に利用した手法であったが、その見栄の被害をもろに受けるのは、下働きの徒弟たちであった。


 かくして、一同はそれぞれの手法で客人を迎え入れたわけだが、バニラは疎らな人の流れの合間で、一人一人に丁寧に質問をしていった。


「こんにちは、今、衣服等御入用ではありませんか?」


 言われた通行人は右手を挙げて丁寧に断る。バニラは小さく会釈をして「いえ、ありがとうございます」と答えて次の客を待つ。彼に応じてくれる者は少なくはなかったが、「検討」を超える事が困難だった。:


「もし、学生さん」


「はい?」


 バニラは無防備に振り返る。彼に声をかけたのは世話好きそうな想念の女性であり、目を弧の字にして挨拶をする。バニラが挨拶を返すと、彼は我に返ったように先ほどの要領で質問をした。


「そんなじゃあだめよ。若いんだから少しくらいやんちゃな方がかわいいわ」


「えっと……」


「もう。ねぇ、私に似合うのはどの生地だと思う?」


 女性は子供に接するように優しく尋ねた。バニラは一瞬戸惑う。次の通行人が女性の後ろを通り過ぎるのを、目で追いかけた。


「ご、案内いたします」


 店員が応対の姿勢を見せる。女性は店員を手であしらい、バニラの手を強引に引っ張った。バニラはなされるがままに、生地の前に立たされる。


「どの柄が似合うと思う?」


 雑踏が行きすぎる事に強い焦りを感じる。バニラは店員に助けを求めるが、店員も先ほどの女性の行動に何をすることもできない。バニラは観念して、彼女に相応しい衣装を選ぶことにした。


 流行の最先端であるカペル王国では、一般的な人々の衣装は大体どの様になるのか傾向がある。毎年変わる流行の衣装を想像しながら、バニラは脳内で彼女に試着を試みた。赤地では少し派手だが、彼女らしい快活さもある。青地は少々控えめが過ぎるが、染料代が高く、紹介料は高いだろう。黄色では少し幼く見えるかもしれない。結局、バニラは橙色の明るい衣装を選んだ。


「赤地では教会に行きづらいですし、青地では貴女の魅力的な快活さには似合いません。黄色だと幼すぎますが、少し、その色に手伝って貰うのがよいかと思いました」


 バニラは恐る恐る生地を渡す。女性はその生地を少し撫で、肌触りまでを確認した。半分閉ざした目が弧のように変わるとき、バニラは思わず身を逸らした。


「素敵ね。貴方、やっぱりもう少し自信もって宣伝した方がいいわ」


 彼女は店員に生地を手渡す。肘をついて寛いでいた店員は、慌てて店頭に出ていく。彼女は生地を手渡して仕立てに向かう際に、バニラに向けてウィンクを飛ばした。


 暫く呆然としていたバニラは、今度は行き過ぎようとする貴人に声をかける。


「あ、あの。失礼いたします。服のお買い物ではありませんか?」


 貴人は足を止め、手に持った杖に体重をかける。彼は彼なりの誠実さで、この手応えを成果に変えたのであった。




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