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ラ・フォイ2

 ラ・フォイ大聖堂は、鋲付きの分厚い扉を全開にして、客人を迎え入れた。まず真っ先に、彼らはゴシックの尖塔に守られた黒く高い天井と壁に驚かされる。招致されて次に驚かされるのは、広い礼拝堂の中に降り注ぐ光の柱の数々である。二階層を支える支柱と、参拝者が座する数多の長椅子にたすきを掛けるように通りかかりながら、光の粒子は中央の通路を照らし漂っている。無数の色彩を伴った通路には、幾つかの在地の著名人が眠る棺桶が安置されている。学生達は、著名人たちの功績と光の終着点を眺めながら、真っすぐに、司祭が座る説教台へと進んでいく。

 司教座の大聖堂が擁する大空間を支えるように立つ巨大な祭壇では、真っ黒なカペラとフォルカヌスの二大女神、大工神ダイアロスの三柱が、圧倒的な存在感を放っている。


 黒の文明、ラ・フォイの火山信仰は、怨敵プロアニアの主祭神であるダイアロスと火山との関係に神秘性を見出した。その結果、ラ・フォイの市民らはカペル王国を支える花の女神カペラ、人の運命を司る車輪と舵を持つフォルカヌスと並び、「自然」を「造り」、また「自然」から「造らせる」ダイアロスをその魂の支柱として迎え入れた。


「あの侘しい黒から想像もつかない、広大な色彩の世界だ」


「唯一不変な神は一際黒く、偉大に作られているのだね」


(何者にも染まらぬ色、か)


 バニラは、大学入学当初に語られた学士服の色の理由について、改めて思い出していた。学生達にとって、黒とは特別な色だった。自らの力を用いては変えられぬ真理の色であり、自らの知性と理性とによって齎される色である。彼はこの言葉を胸に刻み、生真面目に学帽に見合うだけの努力を続けてきた。

 そして、彼の前に佇む「神」の不変性が、圧倒的な神秘性を伴って礼拝堂全体を見下ろしている。


「神は不変、ねぇ……。なるほど、そりゃあ、貴族の腹が真っ黒だってことだな」


「全く、その通りだね」


 ルクスは通り過ぎる際に軽くクロ―ヴィスの頭を撫でる。いつになく沈んだ冷淡な声を、クロ―ヴィスの耳は読み取った。


「……あ?」


 彼は反論もせず、補足もしないルクスを見る。その背中は神の御前にあっては、酷く小さく思われた。


 仄暗さを感じさせない硝子越しの色彩が、絶頂の光を受けて教会に縞模様のように降り注いでくる。

 学生達は祭壇の前の席に着き、司祭が厳かに取り出す聖遺物の箱を見上げた。黒の教会にあってもなお暗い、周囲と一体化しない黒い光沢を纏った箱が、彼らの前に置かれた。


「おぉ、黒曜石の箱だね」


 ルクスは感嘆の声をあげる。


「取り扱いには注意ですね」


 黒の中でも異様に目立つ光沢は、遺物の神秘性を示していた。荒削りの黒曜の箱の蓋が外される。司祭は教会を包む歓喜の声に両の手を開いて静寂を促す。やがて小さな歓声が落ち着くと、司祭は参拝者全員を見回して頷く。続けて彼の背後から、集金を募るために助祭達十数人が、金属音の鳴る箱を携えて現れた。


「神秘にあやかるにはコインを寄越せとよ」


「まぁ、この教会を支えるだけの支援は、全体で賄った方がいいでしょう」


 バニラはいつになくこの教会に感動を覚えていた。不変の神秘性を保った教会への共感とでも呼ぶべきものが、彼の胸の内に燃えていたのである。つい口走った篤信的とも涜神的とも取れる言葉に、彼自身が少なくない驚きを覚えた。


 小銭が箱の底を打つ。くぐもった金属音が鳴り、助祭が重くなった箱を持ち直すたびに、じゃらり、という音が学生達の耳元で鳴り響いた。


 全員分の集金を首尾よく終えると、司祭は右手で助祭らを手招きする。助祭らは説教台の裏へと消えていく。続けて、司祭は左に寄り、小さく頭を下げた。


 司祭の背後から、ミトラと黒曜石をはめ込んだ錫杖を持った司教が現れる。彼は祈りのしぐさを挨拶代わりに参拝者に行い、長い説教を始める。黒い壁に反響する濁声の説教内容は、『見えざるものへの信仰と、見える象徴への参拝について』である。


 十数分の説教の後、聖遺物はやっと持ち上げられた。退屈な説教に姿勢を崩していた学生達は前のめりになる。先ほどまで祈りの仕草を取ったまま寝息を立てていた人物が、周囲の空気感の転変に瞼を開いた。


 司教は掬い取るように聖遺物を持ち上げる。黒曜石の中に彼岸の案内人を務める蝶を閉じ込めた琥珀を嵌め込んだものであり、人工とはおよそ考えづらいほど、黒曜石と琥珀との間には隙間が無い。人々はこぞって祈り、三柱の威容に平伏する。

 運命を象徴する死の案内人たる蝶は、琥珀の中で永遠に生を賜り、不老の琥珀の輝きは、花の女神の永遠の美を示し、それらを不変の黒曜石‐それは石器加工の黎明でもあった‐が収容する。

 ラ・フォイの奇跡的な調和を示す聖遺物は、司教のあらゆる説教を過去とする神秘性を映した。


 人々は寄付の分だけ祈りを捧げ、聖遺物が仕舞われると、カストラートと助祭らによるゴスペルを楽しんだ。

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