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ル・シャズー‐ラ・フォイ3

 翌朝すぐに出発した旅団は、草原の道を抜け、急峻な山岳地帯を横切っていく。小高い丘と武骨な岩肌の境目にある、細い通路を馬車の集団が進んでいく。


「そろそろラ・フォイの火山地帯だね」


「火山ですか」


 車窓からは黒々とした岩肌が望める。遥か西方には巨大で急傾斜の火山が見えた。

 草原と火山地帯の狭間ではあるが、ピュイの火山は粉塵を巻き上げる事もなく、静かに天高く聳えている。バニラははじめ、これは何かの採石作業の跡であろうとしか考えていなかった。それだけに、事実を知った今、馬車から手を伸ばして岩肌に触れたい衝動に駆られる。所々に空洞のある岩山は、確かに特有の溶岩ドームを形成していた。


「ピュイの火山は長いこと噴火の予兆もないし、ゆっくり散策するのもいいだろう」


「もしかしたら、火山の仕組みがわかったりするかもな」

「大地と言うのは気まぐれなものだ。噴火したかと思ったら、次にはすぐおとなしくなっている」


 暫く馬車が進むと、彼らの眼前に黒い城壁が現れる。それと同時に、急斜面にできた幾つかの人工物らしい削り痕が、頻繁にみられるようになった。


「折角だ、ラ・フォイの説明をしておこう」


 ルクスは、切削痕を眺めるバニラに向けて言う。バニラは視線を車内に戻し、姿勢を正した。馬車が市壁の全景を認める程度に近づくと、火山地帯から、開けた砂利の道が現れた。



 ラ・フォイと言えば、火山と切り離しては語れない。何せこの町は、火山の恩恵と被害を盛んに受けてきた町だからね。


 都市の西側に聳え立つ火山、あれがフォイの火山地帯最大級の霊山、ヴォルカ・ノアール。冷えると黒い煤のような岩を吐き出す、古代から町の畏敬を一身に受ける霊山だ。ラ・フォイの人々は、異教の時代からこの都市の守護神をヴォルカ・ノアールに見出し、毎年の神への供物もここに収められる。

 緩やかな丘陵の上に築かれたラ・フォイの異名は黒都(レ・ヴィリ・ノアール)。火山性の溶岩から切り出した黒い玄武岩で築かれたことに由来している。

 中でも目を引くのが玄武大聖堂とも呼ばれる、ラ・フォイ大聖堂だ。この大聖堂は二本の大きな尖塔を持つゴシック建築の至宝で、見た目に似合わず色鮮やかな内装が特徴となっている。


 勿論、火山は時折噴火を起こして、都市に大きな被害を与えたことがある。溶岩流が町を飲み込み、初めに栄えていた都市は岩の下に埋もれてしまったと言われている。現に、都市に入ると道の所々に黒い岩石の露出した箇所が見られるだろう。

 そうそう、城壁の外観を眺めてみると言い。三回目の噴火で、黒い溶岩に城壁の一部が埋もれている。


 さて、そんなラ・フォイだが、これまで見て来た都市と比べると技術者の多い町でね。石工職人や手工業者が商人以上の地位を占めている。人口の少なくない数をこうした職人たちに支えられているためか、彼らは目敏く、繊細で器用で、仕事の話もあまりしたがらない。外部に技術が漏れるのを防ぐためだね。


 その一方で、出張の多い仕事も多いから、礼儀作法にも厳格で信頼が置ける。真面目だが杓子定規ではなく、独特の感性や豊かな経験を語ってくれる面白い人も多い町だ。



 バニラはさっそく城壁に目を凝らす。城壁は四方ごとに高さが異なり、冷え固まった溶岩の黒にその一部を飲み込まれている。周囲を見回せば、農地はほとんどが東側に集中しており、農地を守るために階段四段分ほどの段差が作られている。城壁の色は流れて固まった玄武岩よりも明るい灰色であり、溶岩に焼かれた部分がどす黒く変色していた。


「なるほどな。農地を守っているわけだ」


 クロ―ヴィスは腕を組み、農地を見渡す。農奴たちはどの都市の周辺とも違いなく、腰を屈めて労働に勤しんでいる。


「まぁ、ほとんど気休めだとも聞くがね」


 馬車は緩やかなカーブに従って道を進む。西部に聳える巨大な火山を背景に、黒い都ラ・フォイが、その姿を現した。


「確かに。あれだけ大きな火山の前では、人間の力は無力ですね」


 ピンギウはヴォルカ・ノアールの山頂を見上げる。現在は煤煙も煙も立ち上げてはいないが、人を寄せ付けない急な傾斜は、霊山を霊山たらしめる神聖性を有している。


「だからこその霊山だ。神の叡智は人智を凌がねばならないだろう。王権が神より賜ると宣う為にはね」


 羽根つき帽がルクスの頭上に運ばれる。


「おう、俺はその王権神授ってやつが気に入らないんだ!どいつもこいつも大して変わらねぇ人だっていうのに、何故差を付けたがる?」


「良いだろう!今日の議論は『王権神授の正当性について』だね?」


「また始まった……」


 バニラは乾いた笑いで一同に答える。間もなく、馬車はラ・フォイの関所へと至る。


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