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ル・シャズー‐ラ・フォイ1

 ル・シャズーを出発した一同は、やや緊張した面持ちで周囲を見回していた。伝承に名高き害獣シャズは、この周辺に生息しているのである。開けた草原で、馬車が見つかったらひとたまりもない。


 草原が波打つたびに思わず飛び上がるバニラも、長旅で疲れた体に鞭打たれる様な衝撃を何度か尻に受けていた。


 ル・シャズーからラ・フォイまで向かう草原の道は実り豊かな大穀倉地帯と比べると実に味気ないものであったが、却って、獣の身動ぎ一つで車内で小さなパニックが起こるというのが退屈を凌ぐのに役立ったと言える。集団の馬車は途中で羊飼いと出会い、駄賃を払って旅の祈りを受け取りながら、草原の道を南東へ向かう。やがて現れた草原を刈り取って出来た土の露出した道に多少の安堵を覚えながら、一行は緊張感を拭えないままに沈黙の旅を続けた。


 夕刻近くになると、背の低い垣根のようなものに囲まれた、小さな集落が現れる。モーリス、ルクス、クロ―ヴィスの三名は、ほっと息を吐き、小さな要塞を指さした。


「やっと宿泊用の駅だぜ」


「人肌が有難いねぇ」


 ルクスは帽子を取り、天に感謝の祈りを捧げる。その様子が余りに普段とかけ離れているので、バニラは思わず吹き出して笑った。


「いや、すいません。でもほんとよかったですね」


「シャズは言葉が通じない分野盗よりも怖いよね」


 心労に肩を落としたルクスは、馬車が停車するのを今か今かと待ち望んでいる。


 馬車は駅の前で止まり、暫くそのまま停止する。車輪の長い沈黙が、再び一同の表情を強張らせる。


 暫くすると、御者が振り向く。その表情は恐怖に青ざめており、バニラは一目でただならぬ気配を感じ取った。


「すいません……門が閉まったまま開かないんですけど……」


「ああああああああああああ!!!」


 ルクスは目尻から頬を削ぎ落とさんばかりに顔を引き延ばして叫ぶ。硬直したままのバニラの頬には、、一筋の涙が伝っていった。


「あ、俺死んだ……。俺死んだ」


「どういう事かね?ここで野宿しなくてはならないのには理由があるのだろう?」


 モーリスは御者に声をかける。御者は少し考えた末、納得したように、二、三度頷いた。


「事情を聴いてみます」


 そう言うと御者は再び門扉を叩く。両の手で祈りを捧げる学生達は、普段いやらしく細める目を大きくし、潤ませている。


 さて、恐怖のあまり視野狭窄を引き起こしている学生達に代わって、周囲の様子を説明しなければならないだろう。周囲には、彼らと同じように、門扉の前に馬車を止める人々が多くいる。諦めて彼らから距離を置き、石造の垣根の間近に野営用のテントを張った人々は、呑気に草を食む馬を毛繕いしてやり、翌日の出発に備えている。

 茨の蔓がの張った垣根は彼らが腰を据えるには少々危険だが、茨の放つ威圧的な魔力の為か、彼らは野盗に無警戒のまま、過ごす事ができる。


 勿論、先の都市でシャズの伝承に触れた好奇心旺盛な人々ほど、この状況に恐れ戦く者も無い。それは、ある意味ではこの学生達の勤勉さを物語っているのかもしれない。


 御者が会話を終えて振り返る。その表情を見た一同は、落胆と絶望に顔を青くした。


「疫病の恐れがあるため、検疫だそうです」


「なんでここだけあるんだよ!?」


 クロ―ヴィスは頭をかきむしる。ルクスは青ざめた顔のままで平静を装い、顎の下を撫でながら御者を睨みつける。


「これは、検疫の名目で何か謀かな?東西パンデミックの話は聞いていないけれど」


「謀と言うか、新航路の安全を考えてのことだそうです」


「おいツアー発案者誰だ、責任者出てこい!」


 クロ―ヴィスは御者の胸ぐらを掴む。慌てて全員で彼を引き剥がすと、それきり彼はそっぽを向いて話さなくなってしまった。


「落ち着いてください、今すぐ死ぬわけじゃないんですから」


 息の詰まる沈黙を止めるために、バニラは深い呼吸を添えて言う。彼は脳内で「都市周辺かつ農奴の集落も見られるので安全だ」という言い訳じみた呪文を唱えていた。彼の言葉を補足するように、間髪入れずにモーリスが言った。


「この駅とは連携が取れていなかったのだろう。仕方あるまい、ここにいる誰のせいでもないのだから、私達も、垣根に馬車を寄せて休むとしよう」


 モーリスは垣根を指さす。茨の棘が巻き付いた垣根を見て、ルクスは露骨に顔を強張らせる。不機嫌な顔のクロ―ヴィスが彼の肘を叩いた。


「いいだろう!守るべきものが何もないよりはずっと快適だ!」


 ルクスは馬車を降り、大股で垣根の方へと向かって行く。今も門扉の周辺には、大きな非難の声が響いていた。


「ほら、君!馬車を寄せたまえ!全く……!」


 ルクスは何もない草原で躓くと、石を蹴り飛ばすようなしぐさをしてみせた。御者は彼の歩幅に合わせて馬車を動かす。温い空気が、春の終わりを予感させた。

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