表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/155

ル・シャズー8

 ウァロー城は、シャズーの都市の郊外に建造されている。この城は、周囲を耕作地に囲まれ、背の高く鋭い鉄の柵で守られた中に、緑豊かな庭園を纏って聳え立っている。このウァロー城の狡猾な点は、ウァロー家が城の観光料を水増しするために、二重、あるいは三重に市門の通行を要求している事である。ウァロー城庭園散策に必要な条件は三つあり、一つは、「ル・シャズーで一泊以上をしていること」二つ目は、「一度都市を出た上で、ウァロー城での荷物検査(要手数料)を行い、許可が出されること」三つめは、「上記の理由を満たさない場合で、ウァロー家より上位の爵位乃至はそれに相当する位階を有する、聖職者乃至は貴族が、政治的必要性乃至は窮迫の危難から逃れる必要性から入城を希望し、これをウァロー城主が許可したこと」である。


 政治的配慮の為にある例外を除き、ウァロー家は自領の強みを完全に把握したうえで、これらの要件を提示している。

 しかし、城、大聖堂数多あるカペル王国の中にあって、これらの条件がほぼ無関係に観光客をひきつけるほど、ウァロー城は指折りの名城と謳われている。


「葡萄畑!穀倉地帯!丘には風車小屋!」


 バニラは都市で生まれ育ったため、旅行の合間にもこうした田園風景に小さな感動を覚える事はあった。ところが、ウァロー城周辺の大穀倉地帯の前では、それらの耕作地などは些細なものに思える。

 都市を囲い込む市壁を一歩出て、城へと続く道にそって、扇形の三圃制耕地が無数に広がっている。無秩序に張り巡らせた蜘蛛の糸のような道が、一歩丘に差し掛かれば、開けた視界いっぱいに田園風景が広がる。家畜も大型の牛、豚や羊、鶏、果ては猟犬専用の小屋までがあり、小高い丘の上には穀倉地帯全ての動力を賄う為に無数の風車小屋が建っている。


 モーリスは漂う霧に阻まれる東方の高い山を指さす。


「あの、ダアム山から流れる濾過された川から水を引いた池がそこにある。この穀倉地を作る為に、何世紀もかけて、ダアムの当主たちはみな私財を投げ打ったという。そして、敬虔なチアーズ修道会の修道士たちは、耕地に赴き畑の開拓に関与して、この広大な耕地を作り上げた」


 繁栄する都市の郊外で、さらなる発展が繰り広げられたことに、バニラはまたしても驚く。日差しを遮らないためか、耕地を更に広げるためか、耕地周辺には市壁がなく、代わりに巨大な櫓が所々に建っている。櫓の上には警備兵が立ち、周辺の治安を守っている。

 ここで再び、バニラは歓喜の余り、大声で叫んだ。


「あれは望遠鏡ですね!ほら、あの櫓の!」


「よく見つけてくるな……」


「ほら、こっちは貯水池がありますよ。青々として、綺麗ですよ」


 ピンギウは指を差す。東側には広大な耕地を支える巨大な貯水池があり、薄まった霧と共に陽光を反射して水面をきらめかせている。


「いやぁ、心が洗われるような風景だねぇ……」


 ルクスはしみじみと言いながら田園風景を眺める。珍しく年相応に大人びた事を言ったためか、クロ―ヴィスは頬を持ち上げて笑った。


 ウァロー城の前に馬車が至ると、兵士二名が馬車を止める。馬車からの下車を要求され、一同は下車をする。兵士はルクスを認めて恭しく頭を下げたが、構わずに全員の荷物検査を行い始めた。


 一足先に検査を終えたモーリスに対して、兵士は掌を差し出した。


「入城許可状と拝観料を」


 モーリスは全員分の宿泊記録を示す書類と、五名分の拝観料を手渡す。クロ―ヴィス、ルクスが拝観料をそれぞれ支払い、バニラとピンギウも財布を取り出した。


 バニラは薄くなった財布を開く。間もなく、新たな資金が必要になるだろう。今度の都市では、説教や日雇いの機会がある事を期待していた。


 全員が料金をモーリスに支払うと、兵士は重い鉄扉を全体重をかけて開ける。柵越しにしか見られなかった庭園の壮麗な様が、視界に開かれた。


 豊かな緑に囲まれた庭園には、一年を通して枯れる事を知らない芝が整備され、横一直線に並ぶ低木には、季節ごとの花が咲き誇っている。四方の隅にはより背の高い尖塔が建ち、平坦な柵に緩急をつけている。


 田園風景にはない豊かでいじらしい色彩を散りばめた庭園の中心には、垣根で囲まれた城が聳え立っていた。

 垣根の奥には小さな濠があり、濠の上にかけられるべき跳ね橋は今は閉ざされている。


 ウァロー城本棟は、跳ね橋を囲むように二つの突き出した塔があり、小さな窓から警備兵達が外を眺める様子が窺える。煉瓦造りの建物には煌びやかな装飾は少ないが、背の高い二つの塔と、跳ね橋と地上を繋ぐ眼鏡橋が、古風な美的感覚を蘇らせる。

 窓に思われた幾つかは狭間や突き出し狭間であり、突き出し狭間には持ち送りが重ねられ、アーチの構造を形成している。


「控え壁みたいに突き出ているだけだと不格好だけど、こうして監視塔を作って建物の支えとするならば、確かに見栄えは良くなるだろうね」


 ルクスは自ら納得したように頷く。しかし、彼の言うように、古風でありながら息苦しい石の壁に囲まれていない城は、開放感もあり見栄えも良い。


「あっちには別棟もあるな」


 西側の別棟は一回り小さいが一本の監視塔に守られ、横に平坦な建物が付属するように建っている。別棟は背の高い尖塔が特徴的で、赤煉瓦の上に灰色の塗料で塗られている。


「あの塗料は寒さを防ぐ役割があるらしい。防寒剤?っていうのかな」


「あれだけ広いと、管理も大変そうですね」


「まぁ、別棟は平坦だから兎も角、おそらく本棟は階段を昇るのも苦労するだろうねぇ」


 ルクスはしみじみと呟く。


「こういう城に住んだことはあるんですか?」


「ん?まぁ少しあるね。中が暗いから、燭台塗れでね。獣脂の蝋燭じゃあ鼻が持たないよ」


 彼は帽子を外して答える。実体験として思い出しているのか、普段よりもなお抑揚がある声である。


 庭園の真っ赤な花を眺めながら、一行はウァロー城の裏へと回る。裏には、城特有の突き出し狭間が窓の役割を担っており、突き出し狭間の真下には深い堀が地盤をむき出したまま残されている。


「うぅん、古風だが、趣のある城だ。こう言うのを見ると、カーテンウォールが恋しくなるね」


「あったらあったで陽当たりも悪くなるし嫌になるけどな」


 クロ―ヴィスは勝ち誇ったように言う。ルクスは顎に人差し指を当てて悩んだ末、その指をクロ―ヴィスの前に突き立てて見せた。


「だが、ある程度広い空間を持っているこの城ならば、どうだろう?庭園には十分光も入るし、郊外だからもう少し要塞の役割があってもいいと思うが」


「今時ウァロー家に喧嘩売ろうなんてもの好きはいねーよ。結局、政治的に不便だから、市壁の中にある別荘が宮殿みたいなものだろ」


「では、この城に城壁があっても良いかどうか、と言う議題で論じてみようか?」


「いいだろう。受けて立ってやるよ!」


「また始まった……」


 ピンギウはそう言いつつも、満更でもない様子で城を見上げる。旧き良きキープを思わせる設備が整ったウァロー城は、その日も観光客たちの往来で賑わっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ