リエーフ9
個室の全景は中心に灯るシャンデリアによって明るく照らされている。微かに夜の帳を纏った部屋の隅には客人用のベッドがあり、繊細な茨模様をあしらった姿見が置かれている。貴族が狩りの成果を見せつけるように、借り物の熊の毛皮が敷かれている。その虚ろな瞳にはシャンデリアの眩さも届かない。
「奇妙ですね。彼らは一切の益を齎すものではないのに、何故、友人などど仰るのですか?」
「それこそ奇妙ですね。僕は友人からは充分に益を頂いておりますが」
各々が杯を傾け、自らの喉に光を押し込める。モーリスは静かに二人の会話を眺める。染めるものなき制服は、宛ら裁判官のようにも見える。
「そもそも、なぜ友人に益を齎される必要があるとお考えなのか、僕には甚だ疑問なのですがね」
「当然でしょう。御覧なさい、ルビーの如き輝きリキュールの輝きを。純粋に必要なものを取り込んでいった結果が、この輝きなのです」
ルクスは鼻で笑う。オスカルは顔を顰め、「何か?」と肘をついて詰め寄る。杯は四方に光を放ったが、それは全て机の上で完結していた。
「コランダムは不純物あってこそ輝くものですよ。オスカル殿は少々潔癖が過ぎるのでは?」
「然り。私も同意見です。貴方は、どうやら学者のパトロンには向かないらしい」
モーリスはすました表情で答える。彼のグラスには、不純物を含んだコランダムの功績の如き輝きが波打っている。オスカルはグラスの中身を揺らさずに、静かに机に戻した。
「その様な不遜な態度を取られては、金輪際貴方の後援は出来かねますな」
彼は目を細める。モーリスもまた、同様に目を細めた。
「良いでしょう。貴方がお望みとあれば」
オスカルは一拍おいて、乾いた笑い声を上げた。従者は口元を隠して笑う素振りを見せる。ルクスは従者を見て、片眉を持ち上げて見せた。
「あまり見栄を張るものではありませんよ」
「いいえ、パトロンなら他にも居りますので」
モーリスはリキュールの入ったグラスを置き、オスカルの目の前に寄せる。彼は隣に座る吟遊詩人風の男に目配せを送る。片目で恩師に応じたルクスは、咳払いをして、半分入ったままの杯をオスカルの前に差し出し、躊躇いなく立ち上がった。
二人は足並みを揃えて部屋の出口へと向かって行く。オスカルは咄嗟の出来事に声を裏返らせた。
「待ちなさい。どこへ行くのですか?行く当ては?」
オスカルは席を立ち、ルクスに詰め寄る。オスカルが熊の毛皮を踏み付けた所で、ルクスは急停止して笑った。
「なぁに、パトロンよりは、友人と席を共にしたいと考えただけですよ」
ルクスはそう言うと、後ろ手で無作法に手を振り、やや強い調子で扉を閉ざした。オスカルは呆然と立ち尽くし、二人が扉の向こうへ出ていくのを静かに見送った。彼は暫くして熊を踏み付けたまま地団太を踏み、立腹したまま席へと戻っていく。夜は鮮やかな群青に星々を散りばめて広がり、光を降り注いでいる。彼はリキュールの色に染まった頬を摩り、従者を引き寄せて意味のない罵声を浴びせる。従者は暫く耳を塞ぎ、それと同じように酒瓶に蓋をして後始末を始めた。
オスカルは三人掛けの椅子で、リキュールを飲み干す。忌々しくも、今宵の町には彼の嫌いな不埒な商いで満たされていた。