ブローナ2
宵闇に沈みゆく古都ブローナには、常に不気味な四角の明かりが街中に浮かび上がる。これは観光客には少々不親切な明かりであり、足元を照らすには高すぎ、しかも目印にするにはありふれている。何故なら、この町には貴族の邸宅がいくつもあり、その上、これらの後期中世建築物の群れは、広さこそあれ高さはそれほどではないからである。居城では今も、官僚や貴族達が住み込みで執務と権謀術数に明け暮れている。
学生達は、久しぶりの「良い宿」に歓声を上げた。ブローナには、滞在する貴族向けの高級宿がいくつもあるが、それだけに、安価な宿よりも、出征する貴族の付き人や兵士向けの中規模の宿が多い。これらの宿は研究に明け暮れた学生達の窮屈な学生宿舎よりもずっと快適であり、また、地価の高いペアリスの宿よりも広々としており、さらにこれまでの安宿よりもずっと設備が整っている。入るなりテンションの上がった彼らは、宿のそれなりに広いエントランスで大きな伸びをしたり、欠伸もそこそこに宿の備品を品定めし始めたり、チェックインを済ませるモーリスの手元を凝視してみたりと、実に忙しく駆け回った。
バニラも同様に宿からの景色を眺めたり、エントランスの暖炉の椅子を整えたりして暇を潰す。
宿は川沿いに面しており、エントランスからは町側と、荷卸し場に面した出入り口の二つがある。荷下ろし場の前には二台の船が停泊しており、この宿が町を往来する行商人にも利用されるものであるとわかる。
「おい、夜はカルテしねぇ?」
クロ―ヴィスがつま先立ちをしてバニラに耳打ちする。バニラは自らの胸ポケットの中身を気にしながら答えた。
「賭け事はなしですよ」
「何だよぉ、つれねぇなぁ」
クロ―ヴィスは駄々をこねる子供のようにだらだらと体を振る。彼の見た目も相まって、その仕草は実際に子供バニラは胸ポケットの中にある麻袋を揺する。銅貨の擦れあう音が微かにじゃらり、と鳴った。
「大枚叩くほどの余裕が無いんですよ」
「ふぅん、だったら尚更、賭け事しねぇとなぁ?」
クロ―ヴィスは顎を摩りながら言う。あくどい笑みを浮かべながら、バニラの腕を強引に引っ張った。
「なぁ、ちょっとカルテで遊ぼうぜ」
モーリスが二人を一瞥し、肩を持ち上げて首を振った。バニラはそれを視界の隅に置き、懇願するように首を振った。
モーリスは静かに部屋へと向かって行く。彼と共にチェックインの手続きを終えたルクスが、二人の下に近づいてくる。
「面白そうだね。常勝の賭け事があるなら見てみたいものだ」
「どうせろくでもない事でしょう?」
ピンギウが薪を弄りながら話に割り込む。クロ―ヴィスは一層あくどい顔をして、片眉を持ち上げた。
「だがお前も興味がある顔をしてるぜ?」
同意をするように薪が爆ぜる音がする。ピンギウは眉を持ち上げ、クロ―ヴィスと目を合わせる。二人は暫く睨み合っていたが、しばらくしてピンギウがそっぽを向いた。
「……まぁ、あるならね」
子供っぽい甲高い笑い声が響く。ピンギウは苦虫をかみつぶしたような表情で、声の主を睨み付けた。
「ないものは証明できないだろう!くくっ、じゃあ宿の地下で夜を明かすとしよう」
ルクスは自らカペルの銀貨を三枚取り出し、全員に一枚ずつ投げる。クロ―ヴィスはそれを見事に掴み、猟奇的な犬歯を見せて笑った。
「そう来なくっちゃなぁ!」
彼は銀貨を指ではじく。銀貨は空で数回転しながら再び地面に向けて落ち、彼はこれを掴む。ピンギウは要求に小さなため息で応じ、クロ―ヴィスはバニラに顎で言葉を促した。
手元にある銀貨を眺めたバニラは、きまりが悪そうにルクスを見る。ルクスは鼻を鳴らして笑い、バニラに銀貨を譲るジェスチャーを見せた。
「もう勝手にしてください……」
バニラは銀貨を胸ポケットの財布に仕舞う。夜のエントランスは一層の怪しい匂いが漂う。鉄と薪のにおいに任せて、彼らは地下室へ向かう扉を開いた。
手軽に金を稼ぎたいって?
だったらカルテを一つ持ち、賭場に向かって行くがいい
サイコロ一つも忘れずに!それでは席に着いてまず
カルテを切って、配布して、そして手元にカルテを忍ばせ、さっとすり替え、出していけ
カルテの背後の柄を覚えて、それをちと、見比べれば
勝ったも同然、あいつらは かけひきするだけ無駄になる
サイコロは何に使うかって?簡単だよ、君。それを投げ、先手を取るためさ