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ラ・ピュセー8

 グロア・ディ・フランソウスはラ・ピュセーの都市貴族であり、所領はラ・ピュセーの都心にあるこの邸宅と、郊外にある三つの騎士爵の封土、一つの子爵領であり、ラ・ピュセーの有力者である。彼の主な収入源は封土からの税収の他、都市内にある幾つかのギルドからの配当金である。その為、市内の生活では主に出資したギルドからの配当金を主に使用しており、穀物の備蓄量に関してはラ・ピュセー有数である。配当金の利回りを気にする反面、科学技術や政治学に関する関心が非常に強い人物であり、特に隣国プロアニアの閉鎖的な統治に関して、強い関心を示している。その為、彼は親族髄一の碩学ルクスを偏愛しており、博士としての彼の才に真っ先に気付いた人物でもあった。


 そのためか、グロアはルクスに似て貴族らしからぬ身軽さを備えているらしい。市井の評価は「陽気な支配人」と言ったものだが、ルクス同様に貴賤貧富の別なく、向学心の強い人物に対して非常に寛容に接する。


 当然、彼はバニラのような人物に対して強い敬意を抱き、関心を抱くわけである。


 邸内は大量の装飾‐‐とりわけタペストリー‐‐に満ちており、その多くがジェイン・グクランを模した作品である。軒先に立つジェインの像に始まり、玄関には各都市を訪れる王子の衣装を纏ったジェインの姿が描かれ、そこから左翼には武装し旗を持つジェインの行軍の様子を描いたもの、右翼には物憂げに剣の切っ先を見つめる、単独のジェインの肖像などが飾られている。客室へと向かうまでに、古今東西、数多くの画家が描いてきたジェイン・グクラン像を眺める事が出来る。グロア邸のジェインコレクションは正しく国家髄一と言って差し支えないものであった。


 バニラも右を見ても左を見てもジェインの足跡を辿る事の出来るこの豪奢な邸宅には終始目を丸くしており、特に客室へと向かう左翼を見れば、王国創立期の各都市の様子を眺める事が出来る。


「このコレクションは、グロア様のものなのですか?」


「あぁ、そうだよ。当時の町の様子も分かるし、二つあるものなら時代ごとに見比べる事も出来るだろう?」


 グロアはごく当たり前のようにタペストリーを手で弄ぶ。バニラは思わず手が出るほど驚愕したが、彼は気にも留めずに絵画の中身を指さして続けた。


「古い時代の絵画では……ジェインや領主を大きく、都市を小さく描いている。一方で、これは最近の……こいつはブライのだな。これだとジェインに極端に紙幅は割いていないし、明らかに建造物が現代的だ」


 一同はタペストリーを覗き込む。やや色褪せたタペストリーは、小さな城の中から巨大な人物が顔を覗かせるようにして、都市の領主がジェインに手を振る様を見る事が出来る。一方で、ブライの絵では、馬に跨り山道を進むジェインの遠景に、円形の城郭に囲まれた都市が見えるに過ぎない。また、当時の建築技術では建造困難な、都市の象徴的な教会が建っているのも確認できた。


「遠近法の技術が生まれたのもそうだけど、僕らパトロンがジェインに魅せられているという証拠でもある」


「つまりはあれだな。お前達のお心次第で文化なんてもんは決まるって事だな」


「そうだ。芸術は力あるものの嗜みだが、仮にそうであったとしても、ジェインの姿を写実的に……今まさに目の前にいるかのように捉えられるのは現代に生きる私達の特権だろう」


 グロアはタペストリーを戻し、客室の案内に戻る。クローヴィスは暫くタペストリーの前に立ち止まり、呆れたように笑った。


「ジェイン・グクランと言う幻想が目の前に描かれる訳だな」


「グロア叔父様、また何か言っていますよ?」


 ルクスは対立を煽るようにグロアに耳打ちする。グロアはポケットの中にある鍵を暫く弄んで黙っていたが、クローヴィスが歩き出さないのを認め、振り返る。猟奇的な笑みで、帯びた剣の柄を弄っている。


「信仰とはそう言うものだ。君は空虚だと思うかい?」


 無論動揺したのはバニラである。彼は慌てて二人の間に立ち、しかしルクスを盾にするようにしながら窓際に張り付く。居心地の悪い間の後で、クローヴィスはグロアを挑発的に見上げた。


「空虚だな。所詮は布切れだ。俺達の「肉」じゃあない、気休めだろう」


「……面白い事を言うね。今日の茶会は盛り上がりそうだ」


 クローヴィスは鼻で嗤う。柄をトントンと叩く音が廊下に響き、風が窓に打ち付けて建物を揺らす。バニラは血の気が引くのを感じ、逃げ出したい気持ちでルクスの後について歩いた。


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