ラ・ピュセー3
カペル王国の歴史は長く、その統治も安泰期が非常に長い。その中でも最も王国の根が深く張った歴史地区は、上述の通りペアリスを中心としたカペル王国の周縁部にある。王国の仲間として最も新しいのがラ・ピュセーに違いなく、それ故に建築物の文化も若干異なっている。
古代の延長線上にある中世古教会群は、基本的に二つの鐘塔と階段型の四角く分厚い壁に包まれている。比較的新しい教会であれば、それらは一般的とまでは言えず、薔薇窓を取り付けた神秘的な空間を醸成する傾向が強い。
サン・オルガネア大聖堂、通称ラ・ピュセー大聖堂は言うまでも無く、薔薇窓を持たない中世古教会群の傑作である。大聖堂建築時代以前の大聖堂が有する神秘性は、華美さを削ぎ落とした荘厳さが特徴であり、薔薇窓も無く、窓も小さい。サン・オルガネア大聖堂であれば、四角く均整の取れた端正な外観が特徴的であり、当時の建築技術の限界も併せて伺う事が出来る。
南方原産の白煉瓦を積み上げた四角く均整の取れた外観は、ペアリスの諸教会と比べて質素に見える。重厚な壁が醸し出す厳つさは、威圧感さえ覚えるもので、バニラには衝撃的な建築物だった。
馬車が近づくにつれてこの威圧感は逃げ出したくなるほど彼を押し潰してくる。巌とした信仰心に満たされた、老人の語るような神秘性が、若者たちにはやや息苦しさを感じさせた。
「大聖堂と言えば聞こえはいいが、ラ・ピュセーのそれは地味だな」
「そう。やはり洗練されたデザインと言うのは徐々に縮こまっていく傾向があると言えるだろうね」
「僕はこれくらいの建物の方が安心しますね」
口々に評価を下す学生達は、ソルテの時とは違って冷静そのもので、モーリスも咳払いをする必要もない。一方で、この建物に魅せられたバニラは、窓から身を乗り出したまま迫りくる威圧感に圧倒されていた。
「……?おーい、着くぞ?」
クロ―ヴィスに眼前を遮られて初めて、彼は我に返る。彼は小さく謝罪を返し、身を車内に引っ込め、下車の支度を急いだ。馬車は徐々に減速し、教会前に座り込む乞食達を都市の景観から隠すようにその場に止まった。
ペアリスであれば市民が馬車をひっくり返しそうなほど通行の邪魔だが、比較的人口の少ないラ・ピュセーでは難癖をつけられる事もない。通行人は馬車の行列を一瞥するだけで、即座に自身の持ち場に戻っていく。
下車と同時に、先程の仲睦まじげなカップルが視界の隅を横切る。クロ―ヴィスが小さく舌打ちし、彼らを視界から外すために教会の方に向き直った。
「全員降りたかね」
モーリスが老体を労わりながらゆっくりと下車する。バニラは彼を手伝い、一同は徐々に賑わい始める教会の前で身を解す。
バニラは改めて眼前に迫る威圧感を見上げる。高さこそそれほどではないが、二本の鐘塔が見定めるようにこちらを見下ろしている。彼の背筋が自然と伸びる。ピンギウが大きな腹を馬車と教会の白い壁の間に入り込むようにバニラの隣に立つ。二人は黙って教会の鐘塔を見上げた後、顔を見合わせた。
「ここは、聖女の聖遺物に纏わる教会だから、きっといいものが見れますね」
「楽しみだね」
バニラが短く言うと、ピンギウははにかみがちに笑う。二人の膝裏を足で小突くようにして、クロ―ヴィスが急かす。
「ほら、早く行こうぜ」
「はいはい」
ピンギウはため息交じりに言う。彼の表情はそれほど変わらないようにも見えるが、突き出た腹はしきりに揺れ、どこか浮足立っているようだ。
後ろから品のない笑い声が聞こえる。
((情緒も何もないな……)
バニラは思わず鼻を鳴らして笑う。教会は見定めるように彼らを見下ろしているが、見上げる彼らもまた、教会を試すように意気込んで重い扉を開いた。