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ラ・ピュセー2

 バニラが真っ先に目を奪われたのは、この五芒星の市壁を抜けると広がる、真っ白な街並みであった。軒を連ねる建物は、皆示し合わせたように白色であり、眩いばかりに光を放って見える。見るにも涼しい外観はよく掃除されており、見ればみすぼらしい姿の労働者が、建物を掃除して回っていた。


「ラ・ピュセーの学生はあの貧民のように、壁を掃除する仕事を市から請け負って金の足しにしているらしいぜ」


 クロ―ヴィスがバニラに耳打ちをする。現実の話題に引き戻された彼は、今度は彼らがいくら日雇いで稼いでいるのかについて思索を巡らせ始める。


「ラ・ピュセーは観光都市ですからね。白い町並みを汚せば、町全体の雰囲気が悪くなる」


「以前疫病があった頃は大打撃を受けていたね。もっとも、この町は最後までそれ程感染者が出なかったようだが」


「防疫のお陰か、清掃のお陰かはわかりかねますがね」


 通り過ぎる透き通った白の街並みは、都市としては閑静なもので、露店に並ぶ土産物も、やや高額だが、ラ・ピュセー特有のものが多い。カペルの市壁を抜けた事が無いバニラにはどれも目新しく、特に彼にとって興味深かったものが、実際に風を受けると羽を回す風車の模型であった。この風車は風を置きして回転させる実演販売を行っていたが、羽が高速で回る事によって五芒星が浮き出るという玩具であり、先程ルクスとモーリスが話した事からか、「病除けの風車」と銘打って売り出されていた。


「しかしこんなに白い煉瓦を見たのは初めてだな。何かで色を塗っているのかな」


 バニラの疑問にクロ―ヴィスの目の色が変わった。彼は暫く言いたい衝動を抑えていたが、周囲にその気がないと判断すると、彼は腕を組み、自慢げに語り出した。


「いいか、煉瓦っていうのはな。土地柄で色が違うんだ。ペアリスの近くには昔から鉄鉱山があって、その土地ついでにとれた土が煉瓦にすると赤色になった。一方、ラ・ピュセーの煉瓦はカペル王国建国以前の南部地域から輸入された煉瓦だ。だからその中心は、白い煉瓦になったわけだ」


「どうやら鉄分量で色が違うらしいけど、僕にとっては結果がどうかって事の方が大事かな。ペアリスの方が派手になっていい」


「僕は、白い方が綺麗で好きですね」


 ピンギウが口を挟む。ルクスは羽根つき帽をかぶりなおし、片眉を持ち上げた。


「つまりはピングー、君は無垢な女性が好みという訳かい?」


 ピンギウは深い溜息を吐く。生来の議論好きであるクロ―ヴィスは、議論の行く末を前のめりになって見守った。


「異性の好みはどっちでもいいでしょう」


「そうかい?いい召し物を着て、優雅に振る舞うのも美徳であれば、素朴な人間的純粋さもまた美徳だろう。どちらも愛せるが、僕ならば見栄えのする方が良い。ほら、僕みたいにね」


 ルクスは病み上がりの両手を持ち上げて肩を竦める。噛みつかれたピンギウは逃げるように適当に相槌を打ちながら、視線を窓に外した。


「……いや、それこそどうでもいいが?」


 クロ―ヴィスの一言が開戦の合図である。モーリスはバニラの側に寄り、唾が飛んでこないようにする。バニラはそれを受けて端に寄り、ピンギウは腕を組んで外野として見守る事にしたらしい。


「では君は、どのような女性が好きと言うことは無いのかい?もしや子孫を残す気も無い?」


 ルクスは大仰に天に手を合わせる。貴族出身の彼にとっては、血を絶やす事は何よりも恐ろしい事でもあった。一方で、彼は貴族特有の思想でもある、「良い血を残す」思想までは踏襲しているわけではなかった。

 クロ―ヴィスは彼の仕草にニヒルな笑みを零す。組んだ手を少し崩すと、彼はそのまま右手で顎を撫で始めた。


「愛は同性でも起こるもんさ。俺は性別どうこうよりも、都市の隅で愛を語るのを台無しにする方が愉快だと思うね」


「欲しいものは手に入れる、その為に動くのは当然の事。わざわざ良い恋愛を壊すのが楽しいと君が言うならば、それもまた一興だろう。まぁ、悪趣味だとは思うがね」


 ルクスは指を振って続ける。真面目な学生二人組がこの男達の会話に唖然としている。馬車と仲睦まじげなカップルがすれ違うと、クロ―ヴィスは鋭い眼光でそれを睨み付けた。


「悪趣味で結構。俺は目の前でいちゃつかれるのが一番嫌いなんだ」


(……何だこの人)


「ほら、君達。ふざけていないで、外を見なさい。ラ・ピュセーの大聖堂がそろそろ見えてくるころだよ」


 モーリスの言葉に一同は身を乗り出す。バニラは即座に碁盤目のように入り組んだ道が交差する広場にある、純白の建物群の中から、ラ・ピュセー大聖堂を見つけ、小さな歓声を上げた。


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