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ラ・ピュセー1

 都市の遠景には文化が反映される事は周知の事実だが、長期間封建制度を引き摺りながら絶対王政へと移行していったカペル王国では、支配者達の在り様がそのまま都市景観に影響を及ぼす事を示してくれる。即ち、ここで言う文化とは貴族の文化であって、大衆の住まう近郊部や貧民街は、何処もそれ程違いが無いのが殆どである。


 その例外とも言える都市のひとつに、後に「聖女の都」と呼ばれたラ・ピュセーがあるだろう。退屈はしないが騒々しく、草原のさざめきを楽しむ余裕のない旅路を越えて、やっと落ち着きを取り戻したらしい二人の大きい子供は、今度は都市に行くのが待ち遠しいと言わんばかりに身を揺すりながら窓から覗く市壁を見つめていた。


「あれがラ・ピュセー、『聖女の都』ですか」


 バニラは五芒星の独特の市壁を見て呟く。草原が風に靡くたびに、天に向けて傾斜のある城壁が、その歪な足元を晒した。


「折角だ、ラ・ピュセーの歴史について、少し振り返ってみようか」


 モーリスは顎を摩りながら言う。大旅団が足並みを揃えて都市への曲がりくねった道を進む間に、この都市の独特な歴史について知見を深める事は、バニラにとっても都合がよかった。


「宜しくお願いします」


「真面目君さぁ……類稀なる向学心、誇らしくないの?」


 ルクスが横槍を入れる。何が壺に入ったのか、クロ―ヴィスが膝を叩いて爆笑している。

 バニラは自分が流行に乗り遅れているからそうした笑いが分からないのか、と思っていたが、向かいに座るピンギウも、怪訝そうに眉を顰めるばかりだ。モーリスの咳払いの後、やっと落ち着きを取り戻した二名は、行儀よく席に着く。ルクスの方は、心なしか少しくたびれた羽根つき帽を直し、下車の準備を始めた。

 モーリスは全員に傾聴の姿勢が整ったところで、再び咳払いをし、「では、少し時間を頂くよ」と切り出した。


ラ・ピュセーの旧名をオルガネアと言う。この名を冠するに至るまでは、オルガネアもまた、ペアリスへ続く中継地に過ぎなかった。

 この名が付いたのはカペル王国成立期にまで遡る。かつてオルガネアは、強力なペアリスのカペル家に包囲されるようにして、何とか自治都市として守りを固めていた。当時の市壁は現在のもののように逆三角になっておらず、真っ直ぐで傾斜のない堅牢かつ重厚な作りであったようだ。


 カペル家は当時長弓による高い連射性を有する遠隔攻撃部隊を主軸とし、早馬による情報伝達や物資輸送の迅速性に、騎士の役割を見出していた。それ以外の部隊は動く盾となる重装歩兵、攻城兵器‐‐勿論、大砲などの火器ではないよ、投石器やカタパルト、大弓車などだ‐‐、そして家長も含む名門の魔術師部隊で構成されていた。

彼らの戦いは迅速に敵を包囲し、その後は睨みあいの中で相手の兵士の士気を落とし、城壁の崩壊まで一か月以上もかけて長期戦を展開するものだ。

その為に、態々列強たちを避けて迂回するように領土を拡大した彼らは、最終的には名門達を地理的に包囲する巨大な輪を作っていた。

 オルガネアは丁度名門貴族に囲まれていたので、最後まで残った小都市となり、南方と北方から迫るカペル家の攻城部隊には、常に肝を冷やしていた。


 さて、舞台の説明はこの辺りとして、オルガネア侵攻がいよいよ間近に迫るに至った頃、オルガネアで若き聖女・ジェイン・グクランが頭角を現す。彼女は市の縮絨工の娘であり、地位も低い人物だったが、信仰心に篤く、饒舌でもあったので、市民は恐怖に慄く領主よりも彼女に信頼を置いていた。彼女はカペル家との直接対決に備え、城壁の大改修を主張する。それが現在の「五芒星」と呼ばれる逆三角で梯子の掛からない、かつ分厚く攻めづらい城壁だった。彼女の言葉にまず動き出したのが大聖堂の改修を任されていた石工たちで、続けて多くの建築家が「無償で」参加、カペル家の大侵攻の前に、城壁は完成した。


 続けて彼女は領主の息子を騙って各地の名門貴族達と連携を取る。元より弁論家の彼女だ、容易に事は進んだようで、オルガネアは彼女の代でカペル家と並ぶ強力な防衛力を持つ都市となった。後に彼女は多くの都市をカペル家から解放するが、最後には捕らえられてラ・サーマの地で焚刑に処される。その後同盟が崩壊し、現在の肥沃な領土を有する、カペル王国成立となったわけだが、彼女一人で成し遂げた偉業の多さから、現在でも、「オルガネアの聖女(ラ・ピュセー)」として長く語られるに至ったのだ。



「ラ・サーマも旅程にあったな」


 クロ―ヴィスはルクスを突き、招待状の手紙を渡すように促す。促されたルクスは胸元から真っ白な紙を取り出して開く。旅程には、確かにラ・サーマの記述があった。


「つまり、この旅はジェインの足跡を辿る旅でもあるんですね」


「まぁ、カペルの歴史都市を巡るとなれば、外せない町だしな」


「……つまり、ラ・ピュセーは、聖女を文化の中心にした都市になっている、と言う事ですかね」


「回ってみると、いい都市だよ。ご飯もおいしいしね」


 モーリスは、学生達の会話を穏やかな表情で見守っている。馬車は幾つかの歪曲した道を進み、目前に関所が現れ始める。足元が萎んだような、星型の市壁は馬車が進むにつれて肥大化し、はためく市旗には城壁を模した五芒星が描かれている。幾つかの丘陵を避けて続く防壁の頂上には、凹凸の狭間があり、その向こう側になお高い、白い煉瓦の街並みが広がっていた。


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