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ソルテ6

 翌日、物見遊山の為に一斉に宿を出る観光客を見送った宿主は、四人取り残された男達の事を見た。旅と言うよりは故郷に戻って来ただけの太った男が、ナプキンを胸に当て、机を小刻みに叩きながら、宿主を見上げている。眩いばかりの純粋な期待の眼差しは、宿主が頭を抱えるほどであった。


「あれを宜しく」


「あいよ。朝からもの好きね」


 宿主は台所にいる女房を大声で呼ぶ。

 ルクスは膝に置いた帽子の羽を弄りながら、ちらちらとルクスの方を見つめている。


「あの、あれって何なんですか?」


「いやぁ、お前が好きそうなものだよ」


 クロ―ヴィスが肩を組んでくる。四人組には手狭な丸テーブルの上には、まだ朝だというのに酒の用意があった。


 (観光する気も無いのか……)


 この町が故郷であるピンギウ、様々な町を巡った経験のあるクロ―ヴィス、ルクスの三人とは異なり、バニラは決してこの町が馴染んだ街という訳ではない。故に観光旅行でありながら町を散策する機会を逸するのは口惜しいのだが、食事も観光の一部と言うのも反論が出来ない事実であった。何よりここで断るのは良心が痛むし、昨日のピンギウの様子を考えると、あまり断るのも気が進まなかった。


 朝に改めて見まわす宿は住み慣れた集合住宅のような懐かしさがある。旅先で見る光景がどれも目新しいものであったバニラとしては、羽休めの為には非常に有難くもあったが、、同時に羽休め以上の舞台でもなかった。


「そわそわしているところを見ると、今日も外に出たいのだね」


「あぁ、俺達と違って初めてなのか。じゃあ酒は下げとくか」


 クロ―ヴィスが酒瓶に手をかけると、即座に太い指がそれを阻む。ピンギウが歯を剥き出しにして威嚇の表情をしていた。クロ―ヴィスは呆れたように彼の威嚇に応じると、対照的な細い指を離した。

 即座に持ち上げられた酒瓶は、憐れピンギウの胃の中に閉じ込められる。ルクスは帽子で顔を隠して笑っているが、クロ―ヴィスは呆れ顔でその豪快な飲みっぷりを見つめている。


 やがて一同の前に黒い円形の麦製らしい菓子が並べられた。酒瓶を片手にしたままのピンギウが、即座に三個を鷲掴みにして口に放る。がり、ありと言う荒々しい咀嚼音の後、僅かに残った酒瓶の中身をラッパ飲みした。

 ほかの二人もこの菓子を手に取る。バニラもそれを手に取り、ざらざらとした手触りの表面を観察する。普通のクッキーに見えるが、これもバニラにとっては珍しいものである。


「クッキーと言えば良く分かるだろうが、こいつは一味違うんだ。俺は水にふやかして食うが、先ずはそのまま食え」


 クロ―ヴィスがにやりと笑う。バニラは何か腹黒いものを抱えていると直感し、手前に水差しを寄せた。


「はぁ……」


 二人が水にふやかしてこれを口に入れる。バニラは一拍おいてから、これを口の中に入れた。


 甘みを感じるよりも先に襲ってくるのは「痛み」に近い感覚だった。口の中に広がる独特の香味に彼は思わずむせる。クロ―ヴィスが、けらけらと笑いながら、水差しを取り上げる。手元にあった筈の手ごたえが感じられず焦るバニラは、大笑するクローヴィスを涙目で睨みつけた。


「普通のクッキーだと思っただろう?これはな、外れ入りのクッキーなんだよ」


 ルクスが口を拭いながら言う。吐き出しそうになったクッキーを何とか飲み込んだバニラは、よだれを零さないように口元を手で覆い隠した。


「ハ、ハズレ……?」


 彼は各々の行動を思い出していた。水で薄める行動は、味を薄めるためのものであって、硬い表面を解す行動ではなかった。ピンギウは甘いものと混ぜで思いきり噛み砕き、酒で一気にこれを飲み込んだ。黒い見た目を思い出すと、それは色を感じ取りにくいようにわざわざ工夫したものではないか?彼はそこまで考えて、やっと合点がいった。


「だ、騙したんですか!?」


「ソルテに来た学生ならば、このクッキー遊びをしないものは無い。そしてハズレを引いた人はもう一つ、ルールがあるんだよ」


「何ですか!」


 怒り心頭のバニラだったが、彼らしい真面目さがつい勝ってしまった。ルクスは指で帽子をくるくると回しながら答える。


「一日中、全員分の荷物を持つのさ」


 バニラは短い悲鳴を上げる。身軽だけが取り柄の自分の持ち物が、この狡猾な男達によって優位性を損なってしまうのだ。


「知らなかったから、無効試合!」


「それもそうだ、フェアじゃない」


 ピンギウがくすりと笑う。


「フェアさ、細工は無いのだからね!」


 ルクスは両手を開いておどけて見せる。クロ―ヴィスは腹を抱えて笑う。


「いや、もう一回やろう!ピンギウが痩せたいって言ってるんだからな!」


「いいや結構。私はほら、既に口を拭ってしまったからね」


「ほほう、貴族様は意気地なしだな?勝負に負けるのが余程怖いか?」


「……。僕は食事のプロフェッショナルだ。君達に利きで負ける気はないよ」


 ルクスは手を挙げて、再戦の合図をする。宿主が呆れた顔で笑い、再び台所へと消えていった。


 結局、この試合の結末は、貴族の利きは信用ならないという結論で落ち着いたしだいである。


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