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ソルテ1

 ペアリスを南下する一行の次の目的地は、ソルテである。ソルテは、カペル中央部にある都市であり、国内交易の重要な拠点の一つである。肌色様々な人々が往来し、ペアリスの文化的中心地のひとつとして発展した。グランド・ツアー第一の舞台としては些か刺激の強い都市であったが、そこは花の都を擁するカペル王国、旅を飽きさせない衝撃が様々に散りばめられている。


 集団旅行の馬車に臆する事のない門番たちは、身辺調査をしながら次々に大量の馬車を捌いていく。驚くべきことに、円形で反った城壁の堅牢さ、高さに似合わず、彼らの作業は実にてきとうで、脱税行為もそこそこに見過ごされている。鋸型の隙間(ツィンネ)より覗く弓兵の陽気な歓談も、盤石のカペルが如何に神に愛されてきたかを物語っているようだ。


 バニラはこの町に訪れたことは無いが、その他の四人は頻繁ではないにせよ幾度か、ないしは頻繁にこの町を訪れている。その四人はこの城門の様子を見ても、特段感動など抱く事もなく、豪奢な馬車は町へと入場した。


 まず一行を出迎えるのは、大通りにひしめき合う大商館である。町中を覆いつくす姦しい客寄せの声も、一面石造の建築物が立ち並ぶ大通りでは霞んでしまう。馬車の集団など誰も見向きもせず、広く快適な道を覆いつくす人の波が流れゆく。


「おいバニラ、正面を見ろ」


 クロ―ヴィスは窓から身を乗り出して指を差す。膝を椅子の上に置き、爪先を規則的にぶらつかせる姿は実に子供っぽい。

 バニラは言われた通りに顔を覗かせる。そして、思わず小さな歓声を上げた。


「あれが……カミシアの薔薇窓か……!」


 大通りを真っ直ぐに進んだ先にある大きな広場、市場や、大学、露店が立ち並ぶその中心に、数段高い床を持つ石の聖堂がある。左右不均衡な建築様式の尖塔を持つ石の聖域の中心には、爛々と光を映す色彩豊かな薔薇窓が大きく開いていた。薔薇窓に文様を与える石のトレサリーは、ヨシュア神の象徴である菱形の隙間を無数に、円形に散りばめ、中央をくりぬく仕切りを隔てて四葉文様と円形のくり抜きで光を集める構造となっている。外観を仔細に観察できる距離に至る前に、クロ―ヴィスは嬉々としてこの建物について解説する。


「カミシアの薔薇窓を擁するあの建物は、知っての通り聖衣(サン・カミシア)大聖堂、向かって右の尖塔が旧式建築で、左の尖塔が新式建築だ。右側の完成直前に火災で焼け落ちた左側を再建する時に、流行に合わせて急ピッチで作った結果、あんな奇妙な形になったんだな」


「火災……」


「それを神の裁きと取るか、それとも人為的な意思と取るか……。いずれにせよ、残念なことに、傑作の薔薇窓や聖遺物の幾つかは失われてしまったと言われている」


 モーリスが付言する。黙ってぼんやりと食事のにおいを嗅いでいたピンギウがのっそりと動き、二人とは反対の窓から顔を覗かせる。


「或いは、この二つの尖塔が、人類の進化を物語っているのかもしれない」


「お、なんだ?ロマンチストだな」


「そんなんじゃないですよ。ただ、そう言う風に捉える方が、勿体ないと思わずに済むでしょう?」


「吝嗇は罪だからねぇ。実にいい心がけだ」


 ルクスがニヤニヤしながらピンギウの頭を撫でる。少し鬱陶しそうにしながらも、彼は髪を軽く治すだけで抵抗はしなかった。


 バニラは再び薔薇窓を見上げる。

 十分な傑作と呼べるこの薔薇窓も、当初予定していたものとは比べ物にならない無粋なものだったのかもしれない。そう思うと、彼はかつて存在したであろう薔薇窓の数々に思いを馳せずにいられなかった。


 徐々に広場に近づくと、その全容が明らかとなってくる。数段底上げされた床の段差には乞食が座り項垂れ、自分達と同じほどの年頃である学徒たちが小遣い稼ぎの説教をしている。掃除に勤しむシスターたちは乞食に小さなパンの一片を分け与えて回りつつ、乞食の立ち上がって開いた尻元を簡単に掃いて回る。

 少し視線を上に上げると、三つある扉を囲う飾りヴォールトには神々が一堂に会して食事をするシーンが描かれ、雑多な人々の中には聖堂の建築家と思しき見馴れない人物が数人列席者の様子を窺っている。様々な抽象図形がそれを囲い込み、それらのさらに上に、二股の分岐点にあたる部分があり、件の薔薇窓はそこに大きく口を開いている。左側の尖塔は新式の梁と飾り迫縁(アーチヴォールト)で豊かな表情を見せるが、右側は出来るだけ平坦、平面的に作られており、所々にアーチ窓がある以外には取り立てて外装を飾り立てるものは見られない。いずれの建築様式も洗練されていて甲乙つけがたいが、階段状に尖塔の広さを調節し、錐形の屋根の前兆を短くしている左側の方が、より美術的には美しく思われた。


「では、まずは大聖堂の見学と行こうかね。君達、紙とペンは?」


 教授の言葉に従い、彼らは一斉に紙とペンを取り出した。真新しい白い紙や、付け替えられたばかりのペン先、それらに対して少々年季が掛ったバニラのノートは書蝋板と見紛うようなくすんだ色をしており、彼自身、直ぐに周囲を一瞥して回った。


「なに、紙に優劣などない。あるのはメモの精度の差だけさ」


 教授はそう言って笑う。広場の停車場に、全ての馬車が止まると、町の賑わいは徐々に昼食の支度をする喧騒にとってかわられていった。


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